ルーも吸血鬼の変化に気付いて、ぴたりと動きを止めた。


「何の真似だ」

「いや、その…吸血鬼に昔を思い出してもらいたいなと思って……」


焦っているルーに冷ややかな視線が注がれている。


「それで」

「そうしたら…あんたが人を好きだったことも思い出すんじゃないか…って…」

「…………」

「花嫁との生活ももっと楽しくなるわけだし…」


ルーの言い分を聞き終えた吸血鬼は、表情を一つも動かさなかった。



「私にとってあの頃の記憶は一番不要なものだ」


突き放すように放たれた言葉。ルーの心を氷が刺していく。


「……そんなっ」


あんまりな返答にルーが悲痛な声をあげる。そして、捨てられた子犬のようにうなだれた。

先程までは、あんなに嬉しそうだったのに。

なのに。


「用はこれだけか」

「……そうだよ…」


二人のやり取りに、私は怒りが湧いてくるのを感じた。

ルーがどれほど吸血鬼を思っていたか知っているだけに、腹立しさも倍増する。


「待って」


私は叫ぶ。しかし、吸血鬼は止まることなく部屋から出て行った。

吸血鬼を追って私も扉の外へ出る。


「待ちなさい」


なんとか追い付いて服の端を掴んだ。

足を止めた吸血鬼が煩わしげに私を振り返る。


「どうして、ルーにあんな言い方するの。ルーはあなたのことを思って」

「お前には関係のない話だ」


私の訴えは一刀両断される。その頑なさに、頭がかっと熱くなった。


「……なくないわ」


吸血鬼の胸倉を掴み、私の方へ引き寄せる。

突然のことに、されるがまま前屈みになった吸血鬼の唇へ私は食らいついた。


ガリッ。

噛み付いた唇が切れる。

傷口から生暖かい血が流れた。

私はその血を舐めとる。

体内にゆっくりと血が混じっていった。一滴では足りないと体が騒ぐ。

それを制して、私は吸血鬼と対峙した。

アイスブルーの瞳が驚きで見開かれている。

忘れているなら、思い出させればいいのだ。


「私はあなたの花嫁なのよ」