翌週、私は禄英高校の前に立っていた。

 禄英高校――千奈美の元カレで、赤ちゃんのパパである夏樹くんが通っている高校。
 そこに私は立っていた。

 学校をサボって補導されないように気をつけながら時間を潰して、下校時刻に間に合うようにここへやって来た。

 こんなことがバレたら、千奈美は余計なことをしない出って怒るかもしれない。
 きっと怒るだろう。
 それでも、私は黙っていられなかった。


「おまっ、千奈美の……!」


 私が夏樹くんを見つけるより先に、夏樹くんの方が私を見つけて声を上げた。

 振り返った先には、驚いた顔の夏樹くん。
 大勢の友達に囲まれて、私を指差している。

 連れているのは男友達がほとんどだったけれど、夏樹くんの隣には女の子が立っていた。
 それがとても腹立たしい。


「夏樹くん、なんで私がここにいるのかわかるよね?」


 腕を組んで夏樹くんの目前に立ち、私は背の高い彼を見上げる。
 バツが悪そうに夏樹くんは私の腕を引いた。


「どういうつもりだよ、学校なんかに押しかけやがって」


 夏樹くんは友達にちょっと待つよう伝えて、私の腕を引っつかんで校舎の陰に連れて行かれる。


「なんだなんだよ、ナツキー」


 夏樹くんの友達たちが何事かとざわついていて、その中の一人の声が私の耳に届いた。


「前のカノジョはらまして捨てたくせに、もう新しい女かよ~」


 ゲタゲタゲラゲラと品のない笑い声が耳に障る。


「おまえ、千奈美に何言われたんだよ」


 校舎の陰に入って人目から隔絶されると、夏樹くんはそう切り出した。


「別に、なにも」

「なにもってことはないだろ。千奈美の奴、勝手にベラベラ喋りやがって」


 悪態をつく夏樹くんの言葉が、頭に上った血のせいでうまく聞こえない。

 勝手にベラベラ喋りやがってって、それはこっちのセリフだ。


「言いたいことがあるならさっさと言えよな。金の請求? やっぱ、堕おろしたんだ」


 あざけるような笑みを浮かべるこの男はいったいなんなんだろう。
 これが本当に、千奈美の恋人だった夏樹くん?


「えげつねぇなぁ、女って。で、領収書は? 人に金せびるんだったら、それっくらいジョーシキだろ」


 目の前にいるこの男が信じられない。


「全額払ってやんだから、感謝しろよな」


 言い返してやりたいのに、怒りで震えて声が出ない。


「いいよなー、女は。子供殺してんのに被害者面できて、金までもらえるんだから。こっちが迷惑料もらいたいぐらいだっての」


 千奈美がずっと好きだった人。
 電車の中で毎日見つめていた人。
 一年見つめつづけてやっと告白する勇気を手に入れた時、一人じゃ不安だからって私と啓子はそばで見守っていた。

 その時は、千奈美の告白に少し照れたようで、まんざらでもなさそうで、嬉しそうで……
 まさか、こんな人だったなんて!
 知ってたら、千奈美に近づけさせなかったのに!


「んな睨むなって、わぁったよ。いくら払えばいいんだ? てかさ、千奈美、本当に妊娠してんの?」


 震える手を、強く強く握り締める。


「告るのにダチ連れてきたりさ、変だと思ったんだよ。生でヤらせるし」


 千奈美の親友として、このまま言いたい放題にさせるわけにはいかなかった。

 でも、なんて言い返したらいいのかわからない。
 心のなかがぐちゃぐちゃして、ただ怒りだけが煮えたぎって、心底コイツが憎いと思った。

 言葉にならない。
 だからこそ、私は夏樹くんに対して一歩踏み込んだ。


「最初っから、金目当てだったんじゃねーの?」


 拳を振りかぶり、私は生まれてはじめて人をグーで殴った。