「雪穂が欲しがったコスモスを髪にさして、お姫様みたいだねって言ったんだっけ?」

「そうだよっ。王子様みたいな海鳳にそんな事言われたから、小さな子供だったけどすっごくドキドキしたんだっけ」

雪穂が五歳なら、俺は十二歳かそこらだ。
記憶力は良い方だと思った。

あの頃、母はよくご自慢の自宅でホームパーティーを開いていたので、客人は多かった。

人見知りだった俺は好ましく思っていなかったのを記憶している。  小さな女の子の髪にコスモスの花をさして、お姫様みたいだって?そんな台詞を軽々しく言う子供だっただろうか。

何度記憶を辿っても思い出せない。 と、同時に出会ったばかりの雪穂を思い出せない事も悲しい。

いつの間にかこんなにも愛しく思うようになった健気な妻と、結婚当初した約束を後悔し始めたのはいつからだったのだろうか。

’子供を作らない’
’互いに愛さない’
その約束を破った時、俺は大切な物をまた一つ失うのだろう――