ケータイ小説 野いちご


『文子の事件はメディアでも結構大きく取り上げられてさ。
あいつのところにもマスコミが嗅ぎつけてきたよ。

私はそれを利用して施設のこと訴えさせて、警察もやっと動いてくれて、あの施設もあの学校もなくなった。
子供たちは別の施設に移されて、あいつは独立した。

‥‥皮肉だよね、文子がいなくなることで、次々と問題が解決していってさ。』




母はタバコをもみ消し、ワインをついだ。




一通り話し終えた母の唇を見届けてから、
私は出会った頃、いや今でもかわらない高瀬の瞳を思った。


ほんのり青くて、覗きこんだら暗くて静かな海が広がっていそうな、彼の瞳。




高瀬の目が、海や月のように見えるのは、そうした事実や身を切るような切なさ、過ぎ去った時間、すべてを包み込んでいるからだろう。



不思議と涙は出なかった。

私は母の口から語られるストーリーの一字一句を必死に聞き取った。

あまりに衝撃的で、気付くと話の一点でうちのめされて次の展開を聞きそびれたりしそうだったのだ。


涙は、話が終わってしばらくして、それを反芻した時に初めてこぼれるのだろう。
そんな気がした。



グラスの中で、血のような色の液体がさらさらと揺れて、甘美な香りを発している。




母は視線を遠くからテーブルに落とした。




『あいつ、しばらくの間、ぶっこわれてた。
いや、今も壊れてるよね、当時の奴は「狂ってた」って言い方をした方がいいかもしれない。』


『・・・・。』



『数日間一睡も一食もしないでさ。

葬式の時も‥棺桶から文子の身体抱き起こそうとしたり、
何か叫んだり、
見てらんなかったよ。

火葬場の煙を、あいつと肩並べて眺めた。
雲一つない青空に、薄黒い細い煙が不似合いだった‥。』



私はその空を、まぶたの裏に思い描いた。

空が綺麗であればあるほど、文子さんの煙が‥文子さんが焼かれているという事実が、存在感を増したことだろう。







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