ケータイ小説 野いちご

エリート獣医師の海知先生に恋をして

第三章 “あいつ”って?

 通常の診察に加えて、狂犬病予防注射があるから、この時期は診療時間が昼休みまで食い込む。

「昼休み、昼休み。これから、私の昼休み。食べたし、これからなにしよう」

「桃太郎さんの節で変な歌、歌うなよな」
 馬鹿か利口か、確かめるような目で見てくる。

「海知先生って男性なのに、どうして聞き上手なんですか?」
「病気なんだよ」
「病気!」

 緊張で喉が塞がって、息が詰まりそう。必死な形相で海知先生に質問する。

「口以外、まだどこか悪いんですか?」
「顔と目が悪い奴からは言われたくないな」
「男性のやっかみは、かっこ悪いですよ」
「口悪いな」
「海知先生にだけは言われたくありません。で、病気は?」

「職業病。なんで人間は、耳が二つで口がひとつなんだ? オーナーから要点を聞き出し、耳からは、がんがん患畜の情報をたくさん得るためだよ」

 うん、たしかに海知先生って、そうだ。

「喋れない患畜の状況を、唯一代弁してあげられるのは、オーナーだけなんだ。それをいかに聞き出せるかが鍵になる」

「さてと、私の情報も聞き出しますか」
「なに言ってんの?」
 凄い、びっくりするくらいの真顔で聞き返された。

「ちょっと受付に行ってくる。呼吸器系の使いたい薬の薬価を調べたいんだよ」
 今のは、なかったみたいに行っちゃった。
 
 院長と泉田先生はオペに入っているし、美丘さんも器械出しで入っちゃった。

 器械出しはアニテク(動物看護師)が、オペを直接介助する仕事。いずれ、私もすることになる。

 美丘さんまでオペに入られちゃうと、なにかあったとき、私が海知先生の介助をできるのか不安。

 不安って言いながら、しっかりお昼を食べて入院室で、テンダーとマキオと遊んでいるんだから平気か。

 平気なわけは、海知先生がついていてくれるから。

 ちょろちょろ飛び回るマキオを追って、ケージの前を横切ったら、ボンの様子が変。

 いつもと様子が違う。

 呼吸が弱いし、口をめくったらチアノーゼが出ている。

 ボンは、心臓に爆弾を抱えている。一瞬の遅れが命取りになる。

 すぐに内線で海知先生に連絡して、心拍数や呼吸を確認していたら、すぐに駆けつけたから急変の状況を説明した。

 海知先生は、声を荒立てることも急かすこともなく、平常時と変わらない態度で淡々と処置を始めた。

 予想外の出来事に、どう対応していいのかわからなくて、目の前でぐったりしているボンを、ただ見ていて体が動けない。

 とんでもなく大きなプレッシャー。

 それに、とてつもない恐怖と不安に襲われて、心が悲鳴を上げて押しつぶされそう。

「優柔不断は恐怖心を生むだけだよ。それにタイミングを逃すと物事は、すべて裏目に出て、なかなか前に進まないよ」

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