獣医としての意見を聞きたくて、つづきを早くせがむように瞳で訴える。

「猫の習性や性格を理解して、奉仕するぐらいの心構えでいるのが、ちょうどいいと思ってる」

「猫の気高さや気ままな気質を考えると、海知先生の心構えがわかります」

「星川にとっても、猫は奉仕するご主人さまなんだろ?」
「自覚がなかったですが、思えば私は猫に支配されてますねえ」

「尽くしてるのに、つれないよな。それが猫なんだよ」

「私、猫の素っ気ない振る舞いに喜びを感じてます」
「ハハハ、真性のドMだな」

「磁石が、くっつくようにSに引き寄せられるんです」
 海知先生はドSでしょ、どう考えても。

「あのな、実はMが主導権を握ってるんだぞ」
 そんなことないよ、MがSに、いいように振り回される、そうでしょ?

「Mの反応がいいから、攻めるSは刺激されるんだ。Mが無反応なら、味気なくて退屈だ」

「え、そんな解釈なんですか?」
「そうだよ」
 さらりと当然のように言う。

「MがSを無自覚に刺激してくるから、SはMの無自覚さが楽しいんだよ。Sは自覚してるから、おもしろいんだよ」

 ただやみくもに、おもしろがって楽しんでいるわけじゃないのは、わかっている。

 ひとつからかってきても、優しさは無限大。凄く気遣ってくれて優しくしてくれる。
 と、そうして私は海知先生の手のひらで、ころころ転がされているのね。

「院長以外は、見向きもしない棚尾チャカちゃんちゃんのオーナーも、野良猫も野良猫を連れてきた森島さんも、みんなSなのかな」

 ため息が出るし、すとんと肩が落ちる。

「俺といっしょにすんなよ」
 ドSの自覚があるんだ。

 無自覚より、たち悪いのかな。ううん、そんなことない、海知先生だもん。
 海知先生の存在自体が、私にそんなことないって思わせる。

「星川が深刻なのは、最初の二秒だけ。三秒目からは忘れてる、おめでたいよな」

「ひ、酷い。私だって、精神的にやられてますよ。特に、さっきの保定を交代したことは、心に引っかかってます」

「わかってるよ」
 まあ、喋れない動物相手に、百戦錬磨の海知先生だもん。
 私の言動で、私のなにもかも、お見通しでしょ。

「おいで」
 ん、どこに行くの?
 ケアステから出て、通用口の扉を開けた海知先生が、仲秋の駐車場のベンチまで歩いた。

 いつも狂犬病ワクチン接種をするときに、このベンチのところで施している場所。

「座って」
 私をベンチに座るよう促す。

 さりげなくベンチにハンカチを敷いてくれる海知先生は、やっぱり海外育ちだからなのかな。
 優しい気遣いに勘違いしちゃいそう。

 と、どきどきしながら隣を見れば、ほっとひと息つくような姿勢で、椅子の背に体をあずけてリラックスムード全開。

 持て余す長い両足も伸ばして、すらりと全開。

 私の右足にまで触れそうな距離に、海知先生の左足があるから、右側の腰の方まで温かい。

 この至近距離に、私のどきどきハートが勢いよく弾んでしまって、果たして持ちこたえられるのか。