「どうして親王に固執するのよ? いくら姉君が乳母だからって、あなたには関係ないじゃない! 幼い東宮に毒を盛るなんて人じゃないわ! あなたは鬼よ!」


「へえ、親王は実はあんたの息子ってわけかい」
 ふいに響いた声と共に、冬野中納言の首筋に向けて刀が伸びた。

「お母さま!」

 鮮やかな杜若(かきつばた)の小袿を着た小雀の母が、刀の刃をきらりと反転させて冬野中納言の喉に当てる。

 驚愕に目を見開いた中納言は全く動けない。

 バシッと音を立てて扉が外された。
 現れたのは、佐助をはじめ橘家の男たちと――。

「小雀、おいで」
「月冴の君」

 涼し気な水文柄の薄い青の袍を着た彼は、清らかな風と共に手を差し伸べる。

「うちの大事な娘を誘拐しようなんて、ただでは済まないからね」
 小雀が優弦の胸に飛び込むと同時に、冬野中納言は佐助たちに羽交い絞めにされた。

 どこからか人相の悪い男たちが襲いかかってくる。

 小雀を後ろに回した優弦は、刀を手に取る。

「小雀おいでと」母に手を引かれ後ろに下がった。

 優弦は強かった。

 舞を舞うように袖を翻しながら、ひとりふたりと倒していく。鞘はつけたままなので血が飛ぶこともない。

「たいしたもんだねぇ、お前の恋人は」と母が笑う。

 三人、五人と倒れていく男を数えるうち、ばたばたと音を立てながら集まって来たのは検非違使だった。