「あなたはかわいい人だ。私はずっとそう言っているのに、少しも本気にしてくれない」

 思えばずっと彼は小雀に愛を囁いていた。
 信じなかっただけだ。

「月冴の君……」

「私はね、あなたが愛おしくて仕方がない」

 そっと重ねた唇は、甘くて柔らかくて。痺れるような口づけだった。


 あくる朝。
 届け物があり、清涼殿に向かうと冬野中納言が歩いてくるのが見えた。

 思わず緊張し、怪我をしていない左手に扇を持ち替えた。右手は袖の中に隠す。あの夜手を切られたことを冬野中納言が知っているかどうかはわからないが、用心に越したことはない。

「もしやあなたは麗景殿の小雀ですか?」

「あ、はい……」

「ずっとお会いしてみたかったのですよ」

 心臓がどきりとした。

「なにしろあなたは人気者ですからね。あ、そういえば手を怪我されたそうですね、大丈夫ですか?」

 ――え?

「あ、あはは。私あわてんぼうなもので、お恥ずかしい限りです」

 他愛もない話をして別れたあと、小雀は冬野中納言を振り返りたい衝動を抑えた。

 手の傷を知っているのはふたりしかいない。

 麗景殿の女房、薄野と笹掌侍だ。