しかし冷静になってみると
この男に反論したところで無駄だ。

言って話がわかる人なら
最初からこんな無茶苦茶な提案はしてこないだろうから。
こんな事が平気で出来るなんて
人間としてどうかと思う。

「もういいです。
 引き返します」

『失礼します』と挨拶し
左手でキャリーバッグを勢いよく引いて
半ば怒りながらすれ違うように
月影さんの右横を通り抜けようとしたが。

「待て。」

止めようとする彼に
キャリーバッグを引いていた腕とは逆の手首を掴まれ、強制的にストップさせられてしまった。

「引き返すって、どこ行くんだよ。
 行く宛なんてあんのか?」

隣から聞こえる彼の言葉に
私は目も合わせず俯いたまま答えない。

「雨も降ってくるぞ」

ふと見上げると確かに彼の言うように
厚い鈍色(にびいろ)の雲に覆われた空は
今にも一雨きそうな気はする。

だからってここに(とど)まるのは嫌。
決まっている私の答えは1つだけ。

「別に構わない」

掴まれている手首を引き離そうと
力いっぱい動かしたが
さすがに男相手に上手くはいかない。


そんな私の拒絶を感じたのか
彼は『そうかよ』と
急にスッと手を離してくれた。

諦めてくれたんだと思う。

目を細め、横目に流す彼の視線を感じながらも
私は下界へと歩き始めたーーー