「――ねえ貢。わたしたちが出会ってから、色んなことがあったよね」

「そうですね……」

 彼はわたしの言葉に、また敬語で相槌を打った。
 出会った日からずっと、彼はわたしに対する敬語をやめない。いくら「やめてほしい」と頼んでも、だ。
 そりゃ、彼にとってわたしは元雇い主の娘で、今の雇い主でもある。でも、結婚する以上は対等なのだから、これからは普通に打ち解けて話してほしいと思うのはムリな話なのだろうか?

 けれど、わたしはもうそこをツッコむのを(あきら)め、思い出話に戻ることにした。

「最初の出会いは、パパの誕生パーティーだったっけ。貴方(あなた)がわたしに一目ぼれして」

「……それはもう忘れて下さいよ」

 思い出し笑いをするわたしを、彼は(にら)みつけた。
 一目ぼれって、そんなに恥ずかしいことなのだろうか? それとも、年の離れた女子高生が相手だったから決まり悪かったのかな?

 でも、わたしは彼と出会ってから起きたこと、日々の彼の優しさや思いやりをひとつも忘れるつもりはない。 
 だって彼は、わたしが生まれて初めて好きになった男性(ひと)だから。

「あの出会いは、わたしたちにとっては運命だったのよ。たとえ、どんなキッカケだったとしてもね。だからわたしは絶対に忘れたくない」

 「絢乃さん……」

 キッパリと言い切ったわたしを、彼は(ほう)けたように見つめる。
 これだけは、胸を張って言える。この先、誰から結婚のなれそめを()かれても、わたしは堂々とこの話をするだろう、と。

「――絢乃さん、今幸せですか?」 

「うん」

「ホントに(ぼく)でいいんですか?」

「うん」

 自信なさげに質問を連投してくる彼に、わたしは力強く(うなず)いて見せる。
 だって彼は、自分から「お婿さんにしてほしい」と言ってくれた人なんだもの。

「わたしは、貴方と一緒じゃないと幸せになれないから。それに、天国のパパも他の人を認めてくれないと思うの」

 十九歳で結婚なんて早すぎるかな……と思ったけれど。父が生前、彼のことを気に入ってくれていたからこそ、わたしは彼との結婚を(ちゅう)(ちょ)しなかったのだ。