久宝が逃走した。
まだマスコミには開示していないらしいが、これは公安の失態である前に、警察の失態である。
一颯は汐里と共にホテルを出て、車に向かっていた。
車に乗って無線を入れれば、久宝の逃走に関する情報が流れていた。






『容疑者は護送中の公安の捜査員から拳銃を奪い、発砲。二名を射殺し、逃走。○○方面に逃走中と思われる』






「○○方面って父さんが入院している病院の方向だ」






「久宝は殺し損ねた東雲官房長官を殺しに行く……?ッ浅川、病院に向かうぞ!」






一颯がアクセルを踏むと同時に汐里がパトランプを車の屋根に置いた。
けたたましいサイレンの音と共に、ホテルの駐車場から一颯が運転する車は飛び出した。
ホテルから久寿が入院する病院まではさほど遠くはない。
だが――。





『警視庁から各局。×○、△×、○△にて同時多発的に爆発があったと通報あり。通報によれば、周囲には異臭と共に火災が発生し、怪我人が出ている模様』







『警視庁から各局。○□、×△、□△にて多重事故が複数発生。先の爆発による停電で起きた信号機のトラブルによるものと思われる。怪我人多数』





無線には二つの事故の通報が入った。
どちらも人が多く行き交う場所であり、無線を聞く限りは被害はかなり大きい。
ただ、これらが偶然起きたものと取るには重なりすぎている。
久宝の逃走のことを踏まえ、七つの大罪が関与していると考えた方が賢明だろう。






無線で聞こえる事故は病院までの道に何の支障はない。
だが、汐里は迷っていた。
このまま病院に行って久寿の安全を確保するべきか。
それとも、事故現場に行って、救出活動を行うか。






前者を取れば、一人の命は救えても大勢の命を見捨てることになる。
後者を取れば、多くの命を救えても一颯の大切な人を見捨てることになる。
警察官ならば、私情を優先させるべきではない。
それでも、汐里は一颯に父を殺されるという自分と同じ境遇にあって欲しくなかった。







迷う汐里を他所に、一颯はハンドルを切った。
切った方向は病院とは違う方向。
二件の事故のうち、爆発があった現場の方へ繋がる道へと車を走らせた。
汐里は動揺のあまり、ハンドルを握る一颯の手を掴んだ。






「ちょっ京さん!ハンドル!手を掴まないで下さい!」






「馬鹿!何で病院に行かなかった!?お前の父親が危ないかもしれないんだぞ!?」







「父の方はあくまでも憶測です。事故は現実に起きていることです」






一颯はまっすぐ前を見据えていた。
確かに久寿の共に久宝が行くかもしれないということは憶測だ。
だが、憶測が確信だったとき、後悔するのは一颯だ。
あの時行っていれば……と後悔したときには遅いのだ。