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 営業部の畑中樹と経理部の相原蒼士が紗菜を奪い合い、まさかの経理部部長の蒼士が沙菜を勝ち取ったという話が会社中の話題となってから二ヶ月が過ぎ、沙菜と蒼士は順調に関係を深めていっていた。

 本日も沙菜は出勤のためエントランスを通り抜けると掲示板の前に人だかりが出来ていた。ザワつく掲示板の前を通りかかると夏が沙菜の元まで走ってきた。

「土屋さん知っていたんですか?」

 ?

 沙菜は夏が何を言っているのかわからず首を傾げると、夏に手を引かれ引きずられるように掲示板の前までやって来た。

 掲示板に書かれていたのは……。


  相原蒼士  ○○支店出向


 の文字だった。




 蒼士さんが出向?



「土屋さん部長の出向のこと知っていたんですか?」

「あっ、えっと……」

 聞いていない。何も知らなかった。

 蒼士はきっとずっと前から知っていたはずなのに何も相談してくれなかった。

 掲示板の前で固まり動かない沙菜を心配した夏が話しかける。

「土屋さん大丈夫ですか?とりあえず経理部に急ぎましょう」

 夏に手を引かれ自分のデスクに腰を降ろしてもボーッとしてしまう。これからの二人の未来どうなっていくのか……。

 蒼士さんはどう考えている?

 ○○支店までは新幹線を使っても移動距離はかなりのものだ。


 遠距離恋愛になるのよね……。

 何だか人ごとのように考えてしまう。


 そこで蒼士がオフィス内へとやって来た。特にいつもと変わった様子も無くみんなに挨拶をすると自分のデスクで仕事を始めている。

 何も言わない沙菜に変わって夏が食い気味に蒼士に詰め寄った。

「部長!!出向ってどういうことですか?土屋さん知らなかったみたいですけど、話さなかったんですか?」

 皆が蒼士と夏の話に息を呑み、聞き耳を立てているのがわかる。溜め息を付いた蒼士が口を開こうとしたとき「バンッ」と出入り口の扉が開き、予想もしなかった人物が入ってくる。

 樹……?

 今まで夏と蒼士に集まっていた視線がオフィス内に乱暴に入ってきた樹に向けられる。

「沙菜、来い。話がある」

「えっ……ちょっと……なんで?」

 樹に手を引かれ、オフィスから連れ出されそうになっている沙菜を蒼士が声を張り上げ阻止する。

「待て、沙菜をどこに連れていく?」

「沙菜を部長には任せておけないからです」

 修羅場に居合わせてしまった社員達は微動だにせずに三人を見守った。シンと静まり返るオフィス内。朝の忙しい時間帯だというのに深夜のオフィスのように静まり返っていた。