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 金曜日の昼休み。

「土屋さん今日みんなで飲みに行くんですけど行きませんか?」

 突然の誘いに沙菜は驚きつつ顔を上げると、周りにいた社員達がこちらを窺うように見つめていた。

「えっと……行ってもいいの?」

「いいに決まってます。土屋さん出席ですね」

 沙菜がコクリと頷けば社員達からワッと声が上がった。

「土屋さん来るって」

「それなら俺も行こうかな」

 そんな声があちらこちらから聞こえてくるが沙菜には気になることがあった。

「茂木さん、あの……部長は来るの?」

「えっ……部長ですか?いつも誘いますが来ることないですね。一応誘いますが……」

 チラリと部長の方へ視線を向けると休憩の時間だというのに今日もパンをかじりながら仕事をしていた。

「茂木さん私が部長を誘ってもいい?」

「ええ、ぜんぜんいいですよ」

 早速沙菜は席を立つと蒼士の元へと向かった。

「部長……あの、今日みんなで飲みに行くんですけど部長も一緒に行きませんか?」

「いや俺は……」

 蒼士はいつものように断ろうと顔を上げると今か今かと蒼士の答えを待つ沙菜の姿があった。

「……っ……わかった。行く」

「おーー!!部長も行くって!!全部で何人?」

「二時間コースでいいよね?人数何人?」

「全部で九人?俺クーポン持ってるから電話しとくよ」

 話はどんどん進んでいき、沙菜は何もすることなく本日の飲み会が開かれる居酒屋へとやって来ていた。

「いやー部長が来るとは思いませんでした。いつ誘っても俺はいいって言うから」

「そうそう。部長今日は無礼講ですよね?飲み放題だし沢山飲みましょう」

「無礼講って、それは俺のセリフだろ。お前らが言うことじゃない」

 あはは……と、男性陣から大きな笑い声が上がる。そんな様子を沙菜は一番端の席で眺めていた。端に座る沙菜の隣には夏が座っていて、嬉しそうに沙菜の横顔を眺めながら話しかけてくる。

「土屋さん!!今日は来てくれてありがとうございます。いつもお世話になってるのでゆっくり話がしたいと思ってたんです」

 後輩にもじもじ可愛らしく微笑まれ、そんな言葉を言われれば先輩として嬉しくないはずがない。沙菜も夏に微笑み、ほんわかと温かい気持ちになっていく。

「土屋さん、そんな端っこにいないでこっちに来てくださいよ。土屋さんも飲み会出るの初めてですよね?」

男性社員から声をかけられドギマギしていると、また違う男性社員から声をかけられる。

「それにしても土屋さんの変身にはビックリしましてよね。月曜日に見たときマジでビビりました」

「そーそー今までこんなに美人だったなんて気づきませんでしたよ。何か心境の変化でもあったんですか?」

男性社員達からの鋭い指摘にピクリと肩が震える沙菜の様子を見ていた蒼士の口から低い声が……。

「お前ら女性に対してセクハラか?」

蒼士の言葉に男性社員達がカラカラと笑いだす。

「最近すぐにセクハラとか言われるんですよ。部長もですか?」

「なんだその言い方は、部長の俺に口ごたえするのか?口ごたえできないよう月曜日から仕事量増やしてやろう」

「ゲーー!!勘弁して下さいよう」

 『あはは』と居酒屋に笑い声が響き渡り、沙菜の話はどこかに消えてしまっていた。