沙菜は自分の鞄からお弁当箱を取り出して、休憩用のソファーに腰を下ろした。ここはあの日、相原部長を話をした場所。ここで相原部長に変わりたいと意合ったんだ。そんな事を思い出しながら、紗菜はお弁当箱の蓋を開けた。中身は鮭とだし巻き卵、たこさんウインナー、ほうれんそうのお浸し。ご飯の上にはおかかのふりかけが、かかっている。オーソドックスなお弁当メニューだが、これが一番おいしい。

 お弁当を食べながら部長のデスクの方へ目を向けると、下のテナントで買ってきただろうコンビニのパンを方張りながら、仕事をしていた。

 休憩の時間くらい、パソコンから目を離した方がいいと思うけど……。

 部長は私以上の仕事人間だ。ワーカホリックがすぎる。

 そのうち倒れてしまわないか心配になる。

 あっ、そうだ。

 沙菜は給湯室まで行き、お湯を沸かすと、お茶を入れた。

「部長、よかったらお茶をどうぞ」

 沙菜は蒼士の前に緑茶の入った湯呑を置いた。沙菜の声に蒼士はパソコンを凝視いていた目を湯呑へと移し、それから驚きつつ沙菜の方へと視線を向けた。

「部長、休む時はきちんと休まないと、
仕事の効率が落ちますよ」

「そうだな」

 蒼士は湯呑に手を伸ばし一口、口に含む。すると緑茶の苦味と共に、さわやかな香りと、やさしい甘みが口に広がった。

「……うまい。これはいつもの緑茶ではないのか?」

 ???

「いつもの緑茶ですよ?」

 渋みがすくなく飲みやすいお茶に首をひねる蒼士。

 その様子を眺めていた沙菜はクスクスと笑いだす。

「緑茶って沸騰したお湯で入れると渋みが出てしまうんです。でも、少し湯冷ましいて七十から八十度で入れると渋みを抑えて、旨味成分を引き出してくれるんですよ。時間がないからいつも沸騰したお湯で入れちゃいますけどね」

 ホントはそれではいけないんですけどね。と笑う沙菜を蒼士は見つめながら呟いた。

「もう……大丈夫なのか?」

 あの夜のことを言っているのだろう。沙菜は苦笑いをしながら眉を寄せた。

「ぜんぜん大丈夫ってことはないのですが……。あのままいつもどうりに過ごすより、いい女になってあいつに一泡吹かせてやろうと思ったんです。いい女なんて、自分で言うのもなんですけど……」

「お前は強いな」

 ふっと蒼士が笑うと沙菜の心臓がトクンッと音を立てるみたいに動き出す。

 わっ……笑った。

 ボサボサの前髪と黒縁の眼鏡のせいで表情はわからないが、口角が上がっている。

 うれしさからテンションが上がり、いつもの沙菜からは想像のつかないような行動を起こす。

「あっ……部長、それでですね……。こんな風に私が立ち直れたのは部長のおかげなんです。だから……お礼をさせてもらいたいのですが……今日とか仕事が終わってから時間……ありますか?」

「あ……ああ大丈夫だが、終わるのは遅くなるぞ」

「大丈夫です。待ってますから」

 ペコリと頭を下げると沙菜は自分のデスクへと戻っていった。

 どうしよう。

 男の人を誘ってしまった。

 いつもの自分ならしないような行動力に軽くパニックになる沙菜だった。