でもどんなに考えても、わたしは自分の名を思い出すことができなかった。




「え……と、ごめん。名前が……思い出せなくて」




 俯いてそう言うと、彼は少し悩む素振りを見せて「そうだ」と興奮気味に話し出す。




「じゃあ、君の名前を決めようよ」

「わたしの、名前?」

「そう。ふたりで」




 せっかく友達になれたのに互いの名前が呼べないのは寂しいから、と言う理由らしいけど、心なしか彼はとても嬉しそうに見えた。

 何か案があれば言い合おうと言われて辺りを見渡してみる。

────わたしの、名前。どんなのがいいのかな。

 街に落ちる霧雨を見ながら様々な名前を思い浮かべる。

 さよ、あめ、あまね、みずき、みすず……。

 でもどれもわたしじゃない、わたしに合わない気がして次第に気分が重くなっていく。




「……しずく」




 ふと隣から声が聞こえ、顔を上げる。




「しずく、なんてどう?」




 目の前で絶え間なく落ちていく雨粒を見ながら彼は言った。

────しずく、か。

 なんだか今のわたしにはしっくりくる気がする。




「そのまんま過ぎるかな」




 自分で言って苦笑する彼にまたつられて笑いながら「それでいいよ」と答える。

 その日から世界に忘れ去られたわたし達は、たまに会って話すようになった。