「誰か……!」




 消え入りそうな、だけどはっきりと声が聞こえた。

────見ちゃいけない。

 そう思ったのに、吸い寄せられるように視線は動いた。そこに見えたのは人混みの向こう、あいつらに追われるひとりの少女の姿。

 思わず体が動く。

 彼女は……俺の……──!




雨香麗(あかり)!!!」




 持っていた飲み物が手を滑り落ちるのも構うことなく、そこへ駆ける。

────助けなきゃ。早く救わないと彼女は……!

 彼女のひどく悲しそう顔が目に焼きついた。




柴樹(しき)!!」




 耳元でそう叫ばれるのと同時にあちこちからクラクションが響き渡った。人の騒めきが辺りを支配する。




柴樹(しき)! なにしてんの!?」

「……あ……」




 瑮花(りっか)に強く手を引かれ、我に返ると眼前を何台ものトラックが通り過ぎて行った。

 あと一歩踏み出していれば、轢かれてぐちゃぐちゃになっていたかもしれない。瑮花(りっか)が、助けてくれなかったら……。




「死ぬとこだったんだよ!?」

「ごめん……」




 いまだに大きく脈打つ心臓を落ち着けるように、震える手を握り絞めて瑮花(りっか)に謝る。そっと振り返りさっきまであの子がいた場所を見るも、もうその姿はどこにもない。

 ……消えて、しまった。




「もう、今日は帰ろうか」




 俺が落としてしまった飲み物を片付けながら瑮花(りっか)は静かに言う。

 騒ぎを聞きつけた店員がすぐにモップやティッシュを持って走って来た。瑮花(りっか)はそれに礼を言い、何も言えないでいる俺の手を引いて歩き出す。

 その背は怒っているように見えて、罪悪感から胸が締めつけられた。




「あの……瑮花(りっか)。その、ほんと、ごめん。せっかく奢ってくれたのに……」




 どう言葉にしていいのかわからず口ごもると瑮花(りっか)は立ち止まり、振り向いて笑顔を見せる。




「んーん。柴樹(しき)が無事でよかった」




 その表情はどこかぎこちなく、でもそれ以上踏み込むこともできなくて、俺も同じように笑顔を張りつけた。