そんな一部始終を見ていた人物がいる。
 本日のオスニエルの公務は、新しくできた劇場の視察だ。訪れた劇場にはなぜかジェマ嬢がおり、はからずもエスコートする羽目になり、精神的にはとても疲れてしまった。

 そのため、気晴らしがしたくなり、まっすぐ帰るのを止め、ロジャーとふたり街の外に出て遠乗りを楽しもうとしたときだ。
 広場での人の集まりに目が留まり、ふたりは遠巻きにそれを見ていた。

「あれは、……フィオナ?」

「おや、本当だ。なにやら人だかりができていますね。……すみません。あの人だかりはなんですか?」

 ロジャーが人波から出てきた男を捕まえ聞くと、「氷レモネードだとよ。限定販売みたいだぜ?」と答えられた。

「氷?」

「……庶民が氷とはずいぶん贅沢だな」

 氷は冬の寒い時期に作られ、氷室で保管される。今のような温かい季節には貴重品だ。どうやってフィオナが氷を手配したのか知らないが、物珍しさも加わって大にぎわいにはなるだろう。

「フィオナは何をしてるんだ?」

「さあ。手伝いでもしているように見えますが。フィオナ様は商売がお好きなんですかね。あの髪飾りと首輪も、とても人気のようですよ。うちの母も喜んで買ってきていました」

「……」

 オスニエルは言葉もない。
 たしかに孤児院を支援することは許可したが、こんな大々的なビジネスになっているとは思わない。
 ロジャーは満足げに帰って行く人々を見ながら、頷いた。

「やがて、フィオナ様の名前は全土にとどろくかもしれませんな」

「馬鹿を言うな」

 悔しさに反発したものの、オスニエルもわずかにそう思う。だってここにいる平民たちは彼女が誰かも知らないのに、彼女のもたらすものに夢中になっているのだ。

 オスニエルが脇に刺した剣にも、フィオナがくれた飾りがついているが、重臣の何人かに、これはどこで売っているのかと尋ねられた。
 彼女が作り出すものが、人の心を動かしているのは間違いなかった。

 だが、それを素直に認めるのはなんだか悔しかった。
 しばらく、目立たないような路地裏から彼女たちを眺める。

「今日は完売でーす」

 露天商がそう言うと、人々は「次はいつ売ってくれるんだ?」などと問いかけながら、頭を下げる露天商を問い詰めている。
 やがて、人けが無くなると、フィオナは頭を下げる店主たちに微笑み、ポリーと少年少女を伴ってそそくさと立ち去った。

「……何を考えているんだ?」

「さあ。あとで聞いてみたらどうですか?」

 あっさり言うロジャーをぎろりと睨み、オスニエルは踵を返した。

「殿下、どちらへ。遠乗りに行くのでは?」

「やめだ。城に戻る。フィオナに話を聞かなくては」

 そう言うと、オスニエルは馬に飛び乗り、勢いよく駆けた。