「あの、すみません」




────ここはどこ。ねぇ、誰か……。




「すみません、道を聞きたくて」




────誰か。誰でもいい。




「応えてよ……!」




 道行く人々にいくら話しかけてもまるで相手にされない。響くのは人々の声や車の行き交う騒音だけ。

 ここがどこかもわからないし、誰の目にも映らないなんて。

 わたしはなんでここにいるの? どこに行けばいいの?

 こんなの、わたしが存在してないみたいじゃない。そろいもそろってひどいよ……。




『やぁお嬢さん』

『お困りかな?』




 背後からしわがれた優しい声が聞こえた。

────やっと話ができる……!

 その嬉しさから声の方を振り向いた。




「ひっ……!」




 しかしそこにいたのはドロドロに溶けた黒い物体だった。

 それはかろうじて人の形を保っているものの、もうとても人間とは呼べない。赤く光るその片目からは嫌な気配が感じ取れて、すぐに背を向け走り出した。




『ど、コ行くん、ダ、い? もどッテ、おィでエエェエ』




 さっきまでまともに話してたそいつは耳障りな声で叫びながら追って来る。




「誰か! 誰か助けて!! 誰か……!」




 そう叫ぶのに、周りの誰にもわたしの声は届かない。それどころかこの黒い物体すらも見えていないような落ち着きっぷりだ。

 誰も助けてくれない。助かり方もわからない。

 わけがわからなくなって目頭が熱くなり、視界がぼやけた。




雨香麗(あかり)!!!」




 そんな中、確かに聞こえた澄んだ声。それがわたしの名だったのかはわからない。でもはっきりと飛び込んできた声に振り向いた。

 遠い人混みの向こう側。かすかに見えた手を伸ばす人影。

 目が合ったような気がした。でも────。




『づ、がマえたァアア』




 高く低く響くその声と、まとわり染み込んで来るその感覚に全てを奪われてしまった。