自分で言って悲しくなった。

 古城にこもる理由をカモフラージュするための婚約者なら、きっといくらでも用意できるはずだ。

 舞踏会が特別だっただけで、今後公務に付き添わないようにすれば、別人の女性が成り代わっても務まる。

 ドミニコラさんとボナさんにさんざん引き止められたが、心を決めるのは早かった。数少ない私物をまとめ、その日のうちに謁見の間に向かう。

 悠々とこちらを見下ろすベルナルド様は、感情が読めない。


「旅立つのか」

「はい。今までお世話になりました」


 日の高いうちに古城を出れば、近くの村の先にある町へたどり着けるだろう。しばらくは少ない所持金をはたいて宿暮らしを続け、薬師としての仕事を探すつもりだ。

 餞別のコロンは用意しなかった。

 香りは記憶を閉じ込める媒体になりうる。覚えのある匂いを嗅いだだけで、私の姿が頭をよぎるかもしれない。

 そんな未練がましい品を贈れるほど、清々しい別れではなかった。

 彼にとって私は代えのきく偽りの婚約者でしかないが、少しでも別れを惜しむ気持ちがあるのなら、綺麗さっぱり忘れてもらうための努力をしたい。


「それでは、お身体をご自愛ください」

「あぁ」