フリで良いってことは、関係を聞かれて婚約者だと答えるくらいの気持ちでいいのだろう。それ以上は向こうも求めていないのがはっきり伝わる。

 陛下の弱点として命を狙われるくらいだから、噂はすでに広まっているはずだ。ここを出て、怪しい奴らに追われたり、人質にされても困る。

 納得したのが伝わったのか、陛下は用は済んだとばかりに腰を上げて歩きだした。

 すれ違う彼の背中に声をかける。


「あの、私の存在をカモフラージュに使いたいのですよね?そもそも、一国の王であるお方が、なぜこのような森の奥深くにある古城に住んでおられるのですか?」


 足を止めた陛下は、一切振り向かない。


「踏み込むな。お前は知らなくていい」


 重い扉が閉まった。また、ひとり残される。婚約者はあくまでフリとはいえ、少しくらい心を開いてくれてもいいのに。

 でも、いまだ遠い存在ながらも、用意したコロンは受け取ってくれた。踏み込むなと牽制されたけれど、もっとあの人を知ってみたい。

 こうして、深い森の古城での仮初めの寵愛がはじまった。