「…シュリー」
マッシュがわたしを呼ぶ。
そして、彼は嗤った。
…笑ったんじゃない。自らの意志とはいえ、何の力もなくこの場所に足を踏み入れたわたしに、どうしようもない嗤いを溢した。
「マッシュ。聞きたいことがあります」
「なあに?」
「これは、ロシア語ですよね」
「っ!!!」
「……本で読んだことがあります。ペレストロイカ…だったかな」
――…Перестройка。ロシア語で、【再構築】を意味する。
世界史の教科書をパラパラと捲った時、カタカナが羅列された中で目を引いたロシア語。偶然目にとまって覚えていた。
確かロシアの改革運動の名称で、独裁を立て直すために提唱されたもの…だった気がする。
「…参ったな。ボクは、呼んじゃいけない子を呼んだのか」
「マッシュ…?」
「…シュリー、ゴメンネ。
――…キミとは…この世界以外の場所で出会いたかったなぁ」
わたしが彼の名を呼ぶと
…彼は切なそうに、苦しそうに微笑む。
触れたら壊れてしまいそうな
朧気な微笑みが月の光に照らされ、妖しく綺麗に在り続けて。
「…どうして…「行こうか」
「っ、」
「風邪をひかれても困るからネ。ペレストロイカの中に入ろう」
――…それ以上聞くことは、断じて許さない。
微笑みだけで一蹴された気がしたわたしは、何も聞けずについて行った。
黒い世界への扉が、開いたように思えた。