前の生の二の舞にならぬよう、そして自分の所為で死んでしまったケイト一家の為に、しばらくは悩んでいたが、彼女等に今現在自分の身におきた事を告白する事にした。
頭がおかしいと思われるかもしれないと覚悟していたが、何故かそれはすんなりと受け入れられた。
というのも、突然現れた胸の傷跡と、大人しいはずのクロエが別人の様に行動的に変わったからだという。
そして、祖母である王妃には全てを話した方が良いというケイトの薦めで、恐る恐る告白すれば意外な事実を知る事となり、そして何よりも心強い味方となってくれた。

これまでの自分はただ嘆き悲しみ、心の中で人を羨むだけの根暗な子供だった。だからこそ帝国でも生きていけなかったのかもしれない。
帝国には行きたくない・・・でも、それが変えられない未来なのだとするなら、そこから変えていけばいい。
その為には、色んな事を吸収しなくてはいけない・・・・無知のままでは守れるものも守れないと知ったから。

そんな決意からクロエは色んな事に挑戦し、どんどん吸収していった。その鬼気迫る様子に、まわりからも心配されるほに。
祖父母から仕込まれる帝王学にも真面目に取り組み、時折身分を隠し町に降りては王宮では学べない事も学んだ。
そして成人の十五才をむかえる頃には、王族として必須いと言われている教育はほぼ完了。
それを機に、よほどの事が無い限り三日置きではあるが、平民「ノア」として大衆食堂で働きだしたのだ。
これには国王夫妻も驚いていたが、クロエの説得に渋々頷いてくれた。
髪の色を目立たない茶色に変え、伊達眼鏡をかけた可愛らしい看板娘に、売り上げが倍増したと店主から感謝されるくらい生き生きと働いていた。
自分が必要とされる喜び、大変な事もあるけれど人との交流。何もかもが目新しく、前の生では見る事が叶わなかった広い世界が楽しくて仕方がなかった。
世間を知る事もひとつの理由ではあったが、もし帝国に行かなければならないとした時、逃げる時の為に帝国出身者と繋ぎを付ける事が本来の目的でもあった。のだが、今では本来の目的を忘れてしまうくらい楽しく働いている。
前の生では離宮に追いやられた後の二年間、誰一人として訪ねてはこなかった。
つまりは、離宮にさえ辿りつけることができればあとは放置されるはずだ。
だったら、そこから居なくなっても多分誰もわからない筈だ。平民となって帝国の端っこで商売しようが他国へ逃げようが、自由なはず。
正直なところ、運命自体が変わってきているので上手く事が運ぶのかが不安ではあるが、何事も準備万端、逃げるが勝である。

クロエは破滅への運命を避けるために、今出来る事の全てに全力で取り組む。
そんな理由など知る由もない有力貴族はクロエを褒め称え、その噂は離宮に住む王太子家族の元へと届き益々マルガリータの、ひいてはロゼリンテからの嫉妬と憎悪を増大させていくのだった。




その当時、未来に向け準備に余念がないクロエだったが、たった一度だけ前の生での夫、フェルノア帝国皇太子イサーク・フェルノアと顔を会せる事があった。
前の生ではなかった事だったが、クロエが十五才になってすぐの事。毎年行われる『花祭り』に皇帝の名代で皇太子が参加したのだ。
覚えている姿より少し若い彼は、短くも艶やかな銀色の髪にクロエとは違いどこか青空を思わせるような青い瞳。
切れ長の凛々しい眼差しに、スッと通った鼻梁。そして少し厚めではあるが形の良い唇。
まるで芸術品の様な容姿をしてはいるが、心を砕いた人以外にはあまり表情を崩すことが無い為、「氷の皇子」と呼ばれていた。
少し長めの前髪を綺麗に後ろへと撫でつけ、黒の軍服で現れた彼は老若男女問わず注目を集めていた。
その中には勿論、ロゼリンテも含まれていた事は言うまでも無い。
だがクロエは皇太子の姿を見た途端、失くしたと思っていた愛おしさという感情で胸が締め付けられるのと同時に、彼に殺される時に向けられた虚無の眼差しが一瞬で全てを塗り替え、身体が強張り頭の中が真っ白になる。
恐怖に震えながらも体面を保つために必死なその姿は、他者から見れば背筋を伸ばし凛とした佇まいに映り、本人の預かり知らぬところで他国の貴族達の話題に上るほど好感をもたれてしまっていた。
そして、その姿に見惚れる独身高位貴族が感嘆の溜息を漏らし、その中にイサークも含まれていた事を本人だけが知らない。

クロエが何故そこまで評判が良いかというと、年若いにもかかわらず国民の為に色々な政策をうちだし成果を上げている事もあるのだが、何よりもそれに伴う先見の明を評価されての事だった。
ルナティアが打ち出した政策もあるのだが、事あるごとにクロエを匂わす発言をする為、それは周知の事実となっている。
フルール国内だけではなく友好国に対しても、国王を通じ何らかの助言をしていたのだがそれは単に、その国に起こる有事で自国にも被害が及ぶと分かっていたのでそれを阻止するために行った事なのだが、当事者にしてみれば正に救いの神。
勿論それは前の生でも起きていたことだったので予言でも何でもないが、傍から見ればまるで神託を受けたかのような感覚なのだという。
王妃ルナティアもまた不思議な事に、時には明確に、時にはなぞかけの様に宣託を授けてくれる。
そんな彼女等を誰もが欲しがった。ルナティアは既に一国の王妃であるが、クロエは美しい独身の娘である。
だが今の現状で、王太子に男児が出来なければ将来的にクロエが女王としてこの国に君臨する事になる。
自国に迎え入れたいがそれが難しいとなると、自分たちの息子、有力貴族の息子たちを婿にださねばならない。
正直な所、自国へ賢姫を迎えたいのが本音だが、彼女と縁が結べるのであれば、どちらでもいい話である。
各国の重鎮たちが思わず皮算用してしまうほどにクロエは魅力的で、年々美しく成長していく王女は誰の目にも輝いて見えた。
そんなクロエとは反対にロゼリンテはというと、まるで綿菓子の様な可愛らしい容姿はしているものの、全てにおいて母親に似ている為、観賞用には良いものの積極的に自国に迎え入れようとする者は誰一人としていないのが現実だ。
というのも、当時のマルガリータと王太子の婚姻話は、フルール国の醜聞として各国で噂となっていたからだ。
そんな冷めた眼差しで見られているなどと気付きもしない王太子夫妻とロゼリンテ。
ど派手なドレスの二人に対し、クロエは清楚でありながらも気品に溢れ、どこか冷たさを思わせる美しさではあるが、ふんわりと微笑めば年相応の可愛らしさが人目を惹き、誰もが彼女と縁を結ぼうと、向ける視線に益々熱が籠るのだった。