「う~ん。塚本の事だから言いふらすような真似はしないと思うけど……」
「うん。私もそう思う」
「ああ見えて切り札は最後までとっておくタイプの奴だからなぁ」

 ふと、あの金髪がジョーカーのカードを持って得意気に笑っている姿が思い浮かんだ。うん、言い様がないくらいの腹立たしさである。

「後で俺からちょっと言ってみるよ。大丈夫。栞里には迷惑かけないようにするから」
「え?」
「ん?」
「あっ、ごめん。なんでもない」

 私は平静を装って言った。大丈夫、きっと今の動揺は彰くんにはバレていないはずだ。


 〝栞里には迷惑かけないようにするから〟


 彰くんはきっと善意でこれを言ったのだろう。だけど、私はこの言葉が妙に引っ掛かってしまった。二人の間に引かれた線が浮き彫りになったような気がしたのだ。

「なんかあったらすぐ連絡するよ」
「うん。わかった」
「電話ありがとな」
「ううん。じゃあまた」

 通話を終了させて溜め息を溢した。モヤモヤと黒い霧が胸の中に渦巻いて、私は勢い良くクッションに顔を埋めた。勢い余ってちょっとだけ鼻が痛い。

 ……どうしてこんな気分にならなければいけないのか。私は彰くんの彼女ではない。彰くんが私に優しいのは『偽物の彼女』だからだ。勘違いしてはいけない。

 あ、そういえば……あともう一人教えておかないと後が面倒な奴に連絡をしなければならないんだった。……そうだ。アイツに話して、それでこの話は終わらせることにしよう。明後日にはもう学校が始まる。それまでにこの訳のわからない気持ちを整理しておかなければいけない。

 不思議な事に、今は本を読む気にもならなかった。こんなの十七年間で初めてだ。

 机の上に飾っておいた、彰くんから貰ったウサギのぬいぐるみ。その真ん丸い(つぶら)な瞳とパチリと目が合った。私はそれを手に取って優しく頭を撫でる。

「…………ごめんね」

 机の引き出しを開けて、一番奥にそれをしまった。

 スマホがうるさく騒ぎ出したので確認すると、メールが二通入っていた。相手は由香と彰くん。由香からはただ一言「あっそ」という素っ気ないメッセージ。

 彰くんからのメールも確認する。

「塚本に連絡した。誰にも言わないから安心してって伝えて! だって」

 私はどちらにも返信せず、そのままスマホを放置した。