「……俺も栞里って呼んでいい?」
「……え?」
「いや! だってさ! ……塚本は名前なのに俺は名字にさん付けって……アイツに負けたみたいでなんか悔しいじゃん。俺、仮にも彼氏なのにさ」

 そう拗ねたように言うと、照れているのか自分の口元を右手で覆った。私は堪えきれずに噴き出した。

「……笑うなよ」
「あはは! ごめんごめん」

 やっぱり平岡くんはよく分からない。偽の彼女になってほしいとかとんでもない事は堂々と言うくせに、名前を呼ぶのはこんなに照れるのか。

 平岡くんは私が笑っている間ずっと拗ねたような顔をしていた。こんな表情をするなんて普段の様子からはまったく想像出来ない。皆の知らない平岡くんを知った気がして、少しだけ優越感を抱いた。

「いいよ。栞里で」

 ようやく落ち着いた私がそう言えば、平岡くんは安心したように頬の筋肉を緩めた。

「ありがと。俺の事も彰でいいから」
「え?」
「嫌?」

 今度は私が口ごもってしまった。別に名前で呼ぶのは嫌じゃない。嫌じゃないけど、なんとなく抵抗がある。なんというか、気恥ずかしいし。

「嫌ではないけど……」
「じゃあそういう事で。よろしくね、栞里」

 にやりと笑った平岡くんに何故か心臓が高鳴った。

 ……別に深い意味はない。これはそう、あれだ。初めて名前で呼ばれたからちょっと反応しただけで……そうだ、そうに違いない。私の胸は決してときめいたわけではない。断じて違う。違うのだ。