「おい、塚本」
いつの間に戻ってきたのだろう。さっきまで教室の隅で友達と話をしていた平岡くんが、気付けば私の隣に立っていた。席に座っていた私と塚本くんは同時に顔を上げる。
「そうやって俺の彼女口説くのやめてくれない? 成瀬さんも困ってるだろ」
眉間に深い皺を刻んだ平岡くんが塚本くんを見下ろしながら言った。平岡くんの口から違和感なく放たれた彼女という言葉が妙にくすぐったい。意識してしまっているのは私だけなのだろうか。私だけだろうな。うん。
「えー、そう? 俺にはそうは見えないけど。ほら、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん?」
塚本くんのこの前向きな思考はどこからやってくるのだろうか。余分ならば誰かに分けてやればいいのに。そうすれば少しはマシな思考になるのではないだろうか。
そんな塚本くんの様子を、平岡くんはジトリと不愉快そうに見やる。
「悪いけど、成瀬さんは今日俺と帰る約束してるから。だからさっさと諦めて教室戻れよ。もうチャイム鳴るぞ?」
そんな約束した覚えはないけれど、この場をやり過ごすには黙っていた方が得策だ。
「えーそうなの? なんだザンネーン。じゃあ栞里ちゃん、明日は俺と帰ろうね!」
彼はどうしてこう意図も簡単にウィンクなんてものが出来るのだろうか。しかも腹立たしい事に様になっている。イケメンって狡い。
「それと、これは俺から彰サマに宣戦布告!」
塚本くんは立ち上がると平岡くんと対峙した。同じくらいの身長なので、お互い真っ直ぐに目を見ている。
「俺、彰サマから栞里ちゃんのこと奪っちゃう予定だから! そこんとこヨロシクね!」
塚本くんは言いたいことを言うだけ言って、満足したようにA組の教室を出て行った。
……ああ。これによって女子からの風当たりが強くなるのは火を見るより明らかだ。平岡ファンだけでなく塚本ファンまで敵に回してしまったのだから。
ざわめいていた空気はチャイムの音と同時に徐々に薄れていった。その事に内心ほっとする。これ以上面倒事に巻き込まれるのは本当に勘弁してほしい。精神的にも肉体的にもキツすぎるから。
…………ところで。
隣からどす黒いオーラが漂ってきているのは私の気のせいだろうか。いや、気のせいだと思いたい。
チラリと横目で様子を伺うと、眉間に皺を寄せたままの平岡くんと視線がばっちりと重なった。やはり、心なしか不機嫌そうに見える。
「……成瀬さん」
「は、はい!」
いつもと雰囲気の違う平岡くんに圧されて声が上ずる。うーん……これは機嫌が悪いっていうより、怒ってるような感じがする。でも、何故?
「今日一緒に帰るから」
……あ、それはもう決定事項なんですね。