「……ごめんね」
「え? 何が?」
「……本屋の店員さん。悪い人じゃないんだけど、あの人噂好きだから」
「ああ、気にしてないよ。俺は逆に彼氏宣言出来て満足だしね」

 フッと笑ったその顔に、校外では彼女の振りしなくてよかったんじゃなかったっけと眉間にシワを寄せる。が、今さらそんなこと気にしたって仕方ない。それより……。

「……平岡くんは、その……小説とか好きなの?」

 私が気になるのはそっちだった。平岡くんは私から話を振った事に驚いたのか、こちらを見て目をパチパチと二回瞬かせる。そしてすぐ、嬉しそうに答えた。

「まぁまぁ好きかなぁ。成瀬さんは?」
「私はすごく好き。だから沢山読むの」
「おお! さすが〝孤高の文学美少女〟」
「…………その名前で呼ぶのやめてくれる?」

 平岡くんは声を出して笑った。いや、本当にやめて下さいお願いだから。

 それから私の家に着くまでお薦めの作家や作品の話をして割と盛り上がった。平岡くんは様々はジャンルに精通していて、新しく読んでみたい作品も見付かり、楽しみが増えた。予想外の収穫に自然と顔も綻ぶ。

「私の家、ここだから。……今日は色々ありがとう」

 私は一応平岡くんにお礼を言って背を向けた。白く塗られた家の門を開けようと手を伸ばす。

「あのさ!」

 少し大きめな声で呼ばれ思わず振り返る。緊張しているような面持ちで私を見つめる平岡くんと目が合った。

「俺もありがと。あの……良かったらまた誘ってもいいかな?」

 それはつまりまた一緒に帰ってもいいか、ということだろうか。私は少し考えてからおもむろに口を開いた。

「……お薦めの本、教えてくれるなら」

 彼はその答えに呆気に取られたのか、目を丸くして私を見ていた。だが、その口元は楽しそうに弧を描く。

「ははっ、わかった。次はとっておきの教えるよ。じゃあ気を付けてな!」

 平岡くんは片手を挙げて笑うと、今来た道をゆっくりと引き返していった。

 気を付けろって言われたってあと数歩で家の中なんだから気を付けようがない。やっぱり平岡くんはよく分からない人だ。

 はぁ、と溜め息をついて、私は今度こそ家の門に手をかけた。