面接時間が迫るなか、私は意を決し、喫茶店から出てきたひとりの人物に道を訪ねようと声を掛けた。目に飛び込んできたのは容姿端麗な男性。それこそが副社長だったのだ。

事情を説明した私に、ふわりと笑いながら『自分の勤め先だから、そこまで一緒に行きましょう』そう言って、案内してくれたのだった。しかも雨に濡れないようにと傘を差してくれた。

イケメンで親切で気遣いができて、こんな完璧なひとが世の中にいるのだと初めて知った。

なんて話は私の胸にしまいこんだまま、今に至る。無事に内定をもらって、この会社に入社してからずっとお礼を言おうと彼を探し続けたが、その相手がご子息だと知り、話しかけるタイミングを失ってしまったのだった。

結斗さんが副社長に就任してからたまにうちの部署に顔を出すようになったが、向こうからも特になにも言ってこない。きっと覚えていないのだと思う。

私もあの日のことに触れる勇気はないので、ひっそりと胸にしまいこんだまま、一平社員として生きていく。