3割引きから揚げを手に戻ってきたクノさんは再び私のレジに並んできた。
「お前さ、バイト何時終わり?」
しかもレジ越しに話しかけてくる。
「8時です」
「じゃあ待ってるわ。これ、一緒に食お」
会計が終わり、ぽかーんとしていると、すみませーんレジいいですかー? とサラリーマンに声をかけられ、我に返った。
一緒に? 二人きりってこと?
突然クノさんと話せる機会が訪れてしまった。
彼にバンドやってほしいとは思っているものの、何もできないでいた。
むしろ私には何もできないと思っていた。
「お疲れ。こっち」
スーパーの前や公園で食べるのかと思った。
なのに、彼は自転車に乗ったまま私を待っていた。そして、私を置いてすいすいペダルを漕ぎ出した。
慌てて自転車にまたがり、彼の後ろを追いかける。
母にはバイトが伸びたと伝えたし、このままついていっても大丈夫かな。
「お前さー音楽好きなん?」
先を走るクノさんは、前を向いたままわたしに質問してきた。
静かな住宅街を抜け、川沿いの道へ。
街灯がぽつりぽつりあって、自転車に乗った2つの影が影が伸びたり縮んだりを繰り返していた。
この道を20分まっすぐ進むと私の家のエリアに着く。
「あ、はい。音楽は好きです。でも、なんで?」
「初めて会った時、お前のスマホ画面ちょっと見えたから」
そうだ。
あの階段で会った時、私は動画サイトで音楽を聴いていた。
有名ロックバンドの曲を。耳を塞いで音楽の世界に入り込めるような曲を。
「…………」
「…………」
それ以降、会話はない。もくもくとお互い自転車をこぐ。
私は、どこに連れていかれているのだろう。
ちょっぴり怖いけれど。彼の心の中に入れるような気がして、わくわくした。