(すき)を突いて志勇の懐から抜け出し、瞬速でソファーから遠ざかる。



「おい、逃げんなよ。逃げたら追いかけたくなるってのが男の(さが)だ」



志勇は遠くから睨むわたしに笑いかけながら、ソファーに座ったまま長い脚を組む。


その姿はまるで王様。


美しく冷酷な、闇の帝王そのもの。



全てを手に入れてきたこの帝王なら、わたしの願いも聞き入れてくれるんだろうか。


どんな形でもいい。


わたしが、あなたのものであるとするならば、その手を離さないで。


あなたのそばに置かせて。


それが幼少期より描いてきた、たったひとつの願い。


『誰かがそばにいてほしい』


空想上の誰か、じゃない。


志勇がそばにいてほしい。




やがて、そんな身の程知らずな欲が、願望となる。


それは、希望に満ちた光の下で生きることを祈願していた娘が、自ら深い闇に飲まれることを望んだ瞬間だった。