「やめよ。無駄な努力だったわ」

 たった数分であきらめ、問題集を閉じかけた、そのとき。

「こんなところで会うなんて、珍しいな」

「ゆ、裕ちゃん!」

 目の前に立った人を見上げると、裕ちゃんがバッグを持って立っていた。

「俺もここでやろう」

 裕ちゃんは私に了解をとらず、勝手に正面に座り、教科書とノートを広げる。

「裕ちゃんもテスト勉強?」

「今の期間、それ以外ないだろ」

 裕ちゃんは、一流大学進学を目指していると、羅良から聞いていた。

 皺ひとつないブレザー。シャツの間からのぞく鎖骨。さらりと顔にかかる前髪。清潔なシャンプーの香り。

 ますます勉強に身が入らなくなった私だけど、なんとなく問題集を開きなおした。

「羅良は?」

「今日は茶道の日だろ」

「そうだっけ」

 羅良の習い事は膨大で、何が何曜日にあるか、把握しきれない。

 裕ちゃんの手がさらさらとノートに難しい式を書き込んでいくので、私はそれを見つめる。

 見ているだけで、こっちも頭が良くなっていくような錯覚に惑わされた。

 最初から問題集を解きなおそう。

 意気込んでシャーペンを持ったけど、やっぱりわからなかった。現実は厳しい。