22時。
少しずつバーのお客さんが増えてくる時間だった。

相変わらず店には入らずに、裏の玄関から入る。
玄関を開けると、すぐ左手に階段がある。

平良は電気をつけると、まっすぐ階段を上っていく。
私もその後ろを付いていった。

平良の部屋は久しぶりだ。
平良の家自体、最近は滅多に入らない。
部屋に入るのは何年ぶりだろう。
最後は小学生か中学1年生の始めの頃だったかもしれない。

配置が変わったのかどうかさえ確かな記憶がない。

殺風景というか、無機質というか。
男の子の部屋ってこんなもんかな、と思うほどつまらない部屋。
散らかってるわけではなく、物がない。

平良が真ん中にある電気の紐を引っ張る。
「パン」と小さな音を立てて部屋全体が照らされた。

懐かしい畳の部屋。
足元には大きな部活のカバン。
平良が開けて、中から帽子を取り出す。

「はい。」

私の手に帽子とペンを乗せる。

「はーい。」

私は受け取ると、勉強机を借りて「ガンバレ」の消えかけてる文字をなぞった。

「はい、書いたよ。」

私が帽子を平良に渡す。
平良が帽子を受け取るー。

「?」

平良が掴んだのは、帽子じゃなくて私の腕だった。

ググッと引き寄せられる。

平良の真下。
至近距離で見下ろされる。

なに。

なにこの距離。

どうしたの。

平良が小さく口を開いた。

「沙和、好きなやついる?」

す、好きなやつ・・・。

目の前にいる平良本人だけど、どうしよう。
言うべきか。
言ってもいいのか。

どうしよう。

「・・・いない・・・かな。」

私は自分でも分かるほどぎこちなく答えた。

平良の表情は変わらない。

私の腕を掴む力がふわっと弱くなる。

「ごめん。」

平良がそう言うと、するりと私の腕が平良の手から落ちた。

あれ?

良かったのかな?

平良が顔を上げて、私の手から帽子を取る。

「お前、好きでもない奴の部屋にあがり込むなよ。」

少しキツめの言い方に聞こえた。

「べつに平良だからいいじゃん。」

私の返事に、平良はチラッと私を睨み返す。

「家まで送るわ。」

平良は切り返してきた。

「いいよ、すぐそこだし。」
「いいよ、送らせてよ。」

平良が私の背中を左手でそっと押す。

ドキッとする。

何だったんだろう、さっきの。

なんて言えば良かったんだろう。