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撃て、流星のごとく

 空には分厚(ぶあつ)い雲。今にも雨が降り出しそうな、真っ暗闇の中。
 俺は疾風(しっぷう)のように村を駆けていった。
 今川の兵たちが道をふさいでいるが、俺は腰を低くして彼らのあいだを縫(ぬ)うようにして進んでいく。
 
 
「なんだ?」
「村の小僧(こぞう)か!?」

 
 兵たちは俺を見ても引きとめようとはしてこなかった。
 夜遊びがすぎて家の帰りが遅くなってしまったのだろう、くらいにしか思わなかったからに違いない。
 なんなく城のたつ山のふもとまでたどり着くと、山を見上げた。
 すでに山道(さんどう)の入り口にあたる大手門(おおてもん)は開けられ、兵たちの喊声(かんせい)がこだましている。
 

「直虎様……。どうかご無事で」


 ぐっと腹に力をこめて、山を登りはじめた。
 目標は『二(に)の門(もん)』と呼ばれる、城の本丸に続く門だ。
 山道は今川の兵で埋め尽くされていたため、脇(わき)をそれて木々の間を駆け抜けていく。
 その間、不思議と背にした銃の重さは感じられなかった。
 それどころか、まるで翼(つばさ)がはえたかのように体が軽い。
 

「直虎様を守るんだ!」


 元より山というには小さすぎる城山(しろやま)だ。
 あっという間に目的の門までたどりついた。
 
 しかし目に飛び込んできたのは、破られた門の無惨(むざん)な姿だった……。
 
 
「門が壊されてる……。これじゃあ、ここから入ることも出ることも無理だ」


 そこで裏側にある小さな門を目指すことにした。
 城で守るのが無理と分かれば、そこから脱出を図っているはず。
 いや、脱出を図っていて欲しい。
 そう心から願っていた。

 木々をかきわけながら山のすそにそって進んでいく。
 とうぜん道などない。
 小さな枝で全身にかすり傷ができたが、おかまいなしに突き進んでいった。
 
 
「もう少しだ! もう少しだ!」

 
 そう自分に言い聞かせて前に足を出す。
 そうしてついに門の反対側に回り込んだ時だった。
 数人の侍たちの一行に出くわしたのだ。
 彼らの中心には白い布を頭からすっぽりとかぶった軽装(けいそう)の人がおり、屈強(くっきょう)な侍たちが守るようにしている。
 俺は一目見て直感した。
 
 
「直虎様だ」


 彼女たちはなるべく音を立てぬように、山をくだっている。
 俺は一行に並走し、様子をうかがった。
 突然出て行ったら、絶対にあやしまれるに決まっているからだ。
 
 
――できればこのまま無事に山を抜けて欲しい!


 しかしその願いはすぐに破られてしまったのである。
 
 
「やはりこの道できましたか……。読み通りです」


 低い声が聞こえるやいなや、数人の今川兵たちが道をふさいだのだ。
 
 
「くっ! おのれ政次(まさつぐ)め!」


 直虎様のそばにいた侍が歯ぎしりした。
 すると今川兵たちの間から仰々しい兜をかぶった武者が前に出てきたのだった。
 
 
「大人しく今川様に従っておれば、よかったものを……。己の愚かさを後悔しながら、この小野 政次(おの まさつぐ)の刀のさびとなるがよい」

 あの兜をかぶった武者は、小野政次(おのまさつぐ)というのか……。
 端正(たんせい)な顔立ちをした青年だ。おそらく年齢は直虎様と同じくらいに違いない。


「さあ、観念しろ!」


 政次が語気を強めたところで、直虎様は白い布を外した。
 凛(りん)とした美しい横顔が目に入ると、こんな切迫した状況にも関わらず、どきっと胸が高鳴る。
 彼女は一度小さく息を吐くと、ぐっと目に力をこめて政次に告げた。
 

「政次よ。井伊谷が今川殿(いまがわどの)の領地(りょうち)になれば、この里の民は戦に巻き込まれて、苦しむことになるだろう。それだけは絶対に許せないのだ」

「直虎殿は甘い。今は今川様の傘下(さんか)に加わり、武田(たけだ)や徳川(とくがわ)といった賊(ぞく)から里を守ることが肝要(かんよう)。民のことなど後回しだ」

「話にならないな」

「……残念だ。直虎殿ではやはり『領主』の任は重すぎたのだ。ここでお主を排除し、新たな領主を今川様より迎えるのが里のためだ」


 政次の言葉が終わるや否や、彼の背後に控えていた十人の兵たちが刀を構える。
 一方の直虎様の周囲にいるのはわずか三人だけだ。
 
 多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)。
 
 直虎様の命はもはや風前のともしび。でもここで俺が飛び出したところで、あっさり斬り殺されてしまうだけのこと。形成が変わるなんて、とうていありえない。

「くっ……。けっきょくここまで来ておきながら、何もできないのか……」

 俺はただ歯ぎしりをして、震えていた。

 ……と、その時だった。
 背中の銃が熱を帯び出したのだ。


『あきらめないで! あなたならできる!』


 少女の声が頭に響いてきた。
 ドクンと胸が脈打つ。
 でもとまどっている場合ではないのは、今にも直虎様に目がけて斬り込もうとしている今川兵を見ればあきらかだ。
 俺は言われるがままに銃を手に取った。
 
 
『まずは火縄に火をつけて。火種(ひだね)が袋に入っているわ』


 腰にぶら下げた袋が光る。
 俺はそこから火種の入った小さな箱(はこ)と火縄を取り出した。
 火縄の先を火種にあてて火を移す。
 
 
『それでいいわ。次に火薬(かやく)と弾丸(だんがん)を銃口(じゅうこう)からつめる。押し込むために長い杖(つえ)を使うのよ』

 
 その後も少女の声に従って銃を操作していき、いつのまにか全ての準備が整った。
 
 
『さあ、あとは火ぶたを切って、引(ひ)き金(がね)を引くだけよ』

「う、うん……」


 怖い。怖くてしょうがない。
 直虎様が撃って見せてくれてからも、ただの一度だって撃ったことがなかったからだ。
 膝(ひざ)が震え、ちょっとでも油断をすれば銃を落としてしまいそうだ。
 

『大丈夫! 伊織さんが彼女を守るの!』


 力強い少女の言葉に胸が熱くなり、根拠のない自信がみなぎっていくのが不思議でならなかった。
 
 そうだ。
 俺が直虎様を守るんだ。
 
 頬が紅潮し、瞳がぎらぎらと燃えていくのが分かった。
 俺は銃を構えて、狙いをさだめる。
 もちろん標的は今川兵の一番後ろにいる政次だ。
 
 そしてついにその時はきたのだった――。
 
 
『伊織さん! うてっ!!』

「わあああああ!!」


 少女の声とともに大声をあげながら引き金を引いた。
 
――バンッ!!

 乾いた銃声とともに皆の視線が一斉に俺に集まった。
 そして……。
 
――ドサッ……。

 政次の隣に立っていた今川兵が仰向けに倒れたのである。


「あ、あたった……」

 
 狙いとは違ったが、確かに相手に命中した……。
 そのことに驚き、腰が抜けてしまった。
  
 
「な、なんだ?」


 政次は大きく目を見開いて、倒れた兵を見ている。
 その場の全員が何が起こったのか、誰が銃を撃ったのか分からず、あっけにとられていた。
 それは俺も同じだったが、そんな俺を『銃』が鼓舞(こぶ)した。
 
 
『まだよ! もう一発!!』


 少女の声に弾かれるように立ち上がった俺は、再び火薬と弾を銃口からつめた。
 銃口は少し触れただけで、やけどしてしまうくらいに熱い。
 でもそんなことに気を留めている余裕はなかったんだ。
 
 
『伊織さん! うてっ!』

――バンッ!!

 再び轟(とどろ)く銃声音。
 
――バタッ……。

 また一人今川兵が倒れたが、政次ではなかった。
 しかし政次と今川兵を混乱させるにはじゅうぶんであった。
 
 
「何者だ!!? 狼藉者(ろうぜきもの)め!! 奴から仕留めろ!!」

「おおっ!」


 直虎様に向いていた刃が一斉に俺に向いてくる。
 でも怖くはなかった。
 むしろこれが好機だと瞬時に判断したんだ。
 
 
「直虎様!! 今です!! 走って!!」


 直虎様の大きな瞳が俺をとらえている。
 何かを言いたげに口が小さく開いていたが、俺は口を挟ませなかった。
 
 
「早く逃げて!!」


 自分でも驚くほどに鋭い口調だった。
 直虎様と侍たちは、俺の声に押されるようにして、その場から森の中へ向けて走り出した。
 
 
「待て! 逃げたぞ!!」
 

 政次の大きな声に今川兵たちが俺に背を向けたが、直虎様を追いかけさせるか!

『伊織さん! うてっ!』
 
――バンッ!!

「ぎゃあっ!!」


 今の一発で今川兵の一人の叫ぶ声が聞こえた。
 よしっ! また命中だ!
 
 
「おのれ……。この小僧を始末してから直虎を追うぞ」


 政次が青筋(あおすじ)を立てながら叫ぶと、一斉に兵たちが俺の方へ迫ってくるのが足音で分かった。
 俺は彼らを背にして森の中を駆け出した。
 とにかく政次を引きつけたい。
 それだけしか考えずに手足を懸命(けんめい)に動かしていた。
 いつの間にか降りだした雨で、視界がさらに悪くなっていくが、それでもここらは俺にとっては庭のようなものだ。
 誰にも見つからないようにこの山で遊んだいたずらが、今になって役立つとは思いもよらなかったさ。
 
 
「追いつけるもんなら、追いついてみろ!」


 少しずつ追手との距離が開いていくのが分かった。
 このまま上手いこと逃げ切れる、という確信が、自然とほほを緩ませる。
 すると脳裏に直虎様が俺に視線を向けてくれた時の顔が浮かんできた。
 
 
「俺が直虎様を助けたんだ!」


 生まれて初めてだ。
 こんなにも自分が誇(ほこ)らしいのは。
 まるで浮き上がってしまうかのような高揚感(こうようかん)に包まれていた。
 
 
「あはははは!!」


 自然と湧きあがる笑い声が、強くなってきた雨の音にまぎれる。
 俺は完全に浮かれていたのだった。
 
 ……が、その時だった。
 
――ズルッ!

「うわっ!!」

 
 なんとぬかるんだ土に足を滑べらせてしまったのである。
 
――ズテンッ!

 しこたま尻をうち、山の斜面をそのまま転がり落ちていく。
 
 
「うわああああ!」


 そしてゴロゴロと転がっていった先にあった大きな岩に体をうちつけると、目の前が真っ白になった。
 
 
『伊織さん! 起きて!!』


 握りしめた銃の声に目を覚ます。気を失っていたのは、ほんのわずかな時間のはずだ。
 しかし……。
 
 
「もう逃げられんぞ。小僧。覚悟しろ」


 目の前には政次と七人の今川兵の姿があったのだ。
 俺はゆっくりと立ち上がった。
 背後の岩のせいで、彼らから逃げるのは無理だ。
 こうなれば立ち向かうしかない。
 俺は銃を両手で握りしめた。
 だがその様子を見た政次が口元を緩めた。
 
 
「ふっ……。銃というのは雨だと使いものにならないらしいな。どうする? 小僧」


 どうやらそれは本当のようだ。
 火縄はすでにびしょ濡れで、火がつきそうにもない……。
 
 
「観念しろ」


 政次が鋭い口調ですごんできた。
 でも、俺は恐怖も絶望も感じていなかった。
 なぜなら直虎様の命を助けることができた充実感で胸がいっぱいだったからだ。
 それに次男である俺が戦場で死んだからって、きっと誰も悲しまないに決まってる。
 だからここで死ぬことなんて、なんでもないことだった。
 
 
「殺すなら殺せ!!」 
 
「ならば望み通り、ここで成敗(せいばい)してくれよう」


 政次が売り言葉に買い言葉で返してくる。
 そして刀を抜いた侍たちが、じりじりと俺との距離を縮めてきた。
 俺は目をつむって、もう一度だけ心の中に直虎様を思い浮かべた。
 
 後悔なんてないさ。
 俺はありったけの勇気を振り絞って直虎様を助けたんだ。
 
 でも、もし……。
 
 もし一つだけ願いがかなうなら……。
 
 
 もう一度だけ、名前を呼んで欲しかったな――。
 
 
 ……と、次の瞬間だった……。
 
 
「伊織!!」
 

 雨を切り裂く透き通った声が鼓膜(こまく)を震わせたのである。
 いや、鼓膜だけじゃない。
 心も大きく震えた。

 それは俺が一番聞きたかった、直虎様の声だったのだから……。

 俺の名前を覚えていてくれていたんだ。
 目頭が熱くなり、涙が溢れだしてくる。

 だが感動に浸っている場合ではない。

 俺はごしごしと目をこすると、政次と今川兵の向こう側に視線を向けた。
 そこには直虎様と三人の侍の姿があったのだった。
 
 
「直虎様! 逃げて!!」

 
 俺の言葉に直虎様は首を横に振った。
 政次がちらりと背を振り返ると、ニタリと口角をあげた。
 直虎様は降りしきる雨をものともせずに、険しい表情で政次を睨みつけている。
 最後の願いが叶ったはずなのに、俺の心を覆(おお)っていたのは行き場のない怒りだった。
 
 
「なんで……。なんでだよ!!」

「私を甘く見るな! 民を見殺しにして、自分一人で逃げ落ちるなど、井伊の名折れだ!」

「だめだ……。こっちへきちゃだめだ!!」


 しかし、直虎様は俺の言葉など聞く耳も持たずに政次に向かって吠えた。
 
 
「その者を離せ!! これは武士同士の戦いだ!」

「何を言い出すかと思えば……。まあ、よい。武士の情けだ。直虎殿のお命を頂戴するまでの間だけ、小僧は自由にしよう。その間に無事に逃げ切れれば、小僧の勝ち。というのはいかがかな?」

「いいだろう」


 直虎様は腰からすらりと刀を抜き、上段に構えた。
 彼女の背後に控えていた侍たちもまた刀を構えて、前に出てくる。
 
 七人の今川兵に対し、四人の直虎様一行。
 
 どう考えてもまだ不利のままだ。
 でも、銃が使えない俺は無力だった。
 

「容赦(ようしゃ)するな。直虎殿を仕留(しと)めろ」


 政次があらためて今川兵に命じた。
 そしていよいよ両者の間合いがつまってきた。
 

「もう……だめなのか……」


 だが……。

 そうつぶやいた瞬間……。
 
 
『進化条件(しんかじょうけん)クリア。これよりレベル2に進化いたします』


 と、銃の声が響いてきたのだった――。


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