「チッ、最初の一発しか蹴ってねぇ」
不服そうにそう吐き捨てた霧生に、総長はやれやれと首を振る。
「神楽の怪我の手当をしてやらなきゃいけねぇんだから、さっさと連れ帰ってやれ」
「分かった。神楽、溜まり場に帰るぞ」
「うん、帰りたい」
本気でそう思う。

「神楽、溜まり場についたら風呂に入ってゆっくりしろよ。俺達もここの処理を終えたらすぐに帰る」
ポンポンと私の頭を撫でてくれた総長に、ホッとする。
「うん」
「よく頑張ったな」
「うん」
一杯話したい事があるのに、上手く言葉に出来なかった。
「霧生、バイクの鍵寄越せ。俺が乗って帰る。お前は神楽と車で戻ってろ」
霧生に掌を差し出した総長に、霧生は腰に付けてある鍵を差し出した。
総長は鍵を取り外すと、さぁいけ! とばかりに手を一度振る。
霧生はそれを見て頷き、私を抱き上げたまま歩き出した。

「神楽ちゃ〜ん、仕返しは10倍で返しておくからねぇ」
ドスドスとアフロの横っ腹を蹴り上げながら、愛らしく笑って手を振る光。
「神楽、無事で良かった。この糞は豚コマにしとくわ」
サンドバッグのように岸辺を殴りつけながらコウが言う。
「ふ、2人共、程々にね」
それだけ言って目を逸らす。
「程々ってなんだろう? 美味しいのかな」
「限度とか、俺ら知らねぇもんな」
光とコウの怖い会話が聞こえたが、もう反応するのは止めた。

「神楽、俺の胸に顔埋めとけ」
「えっ?」
「泣きすぎて顔がパンダだ」
「···分かった」
パンダは困る、非常に困るよ。
大人しく霧生の胸に顔を埋めた。
学ラン越しに伝わってくる霧生の鼓動は、少し早い。
きっと、ここまで急いで来てくれたせいだろうな。
「来てくれて、ありがと」
くぐもった声で言う。
「ああ。無事で良かった」
「霧生は、来てくれるって信じてたよ」
「当たり前だ。お前が攫われたって聞いて、心臓が止まるかと思った」
「ん」
「もう勝手に居なくなるんじゃねぇよ」
「うん」 
「お前は俺の子猫だ。誰にもやらねぇ。俺だけの側にいやがれ」
霧生の熱のこもった優しい声に、ドキドキが止まらなかった。
心が進んじゃ駄目な方向に、一歩大きく踏み出した音が、頭の中で響いた。
多分、もう方向転換は出来ない。
苦しむと分かってる方へと向かう心。

あぁ···もう駄目。
私、霧生が好きだ。