考え込んでいるエミリアのことを気にする様子もなく、エリッヒはどんどん街の奥へと入っていく。

 貴族階級の邸宅が並ぶ閑静な区画を進んだ奥に開けた空間が見える。

「宮殿はここだ」

 エリッヒの指さす方向には壮麗な宮殿の建物があった。

 蔓草模様の華麗な装飾が施された門柵の向こうに馬車寄せの広場があり、広場中央の円形池には女神の群像が並んで、周囲を噴水が包み込んでいた。

 左右どちらを向いても遙か彼方まで建物が続いている。

 先ほどの大聖堂にも驚かされたが、宮殿の規模も広大すぎてまるでこの世のものとは思えないほどであった。

 呆然と眺めているエミリアにエリッヒが語りかけた。

「ここは皇帝の居宅というよりは、帝国の政務をつかさどる行政庁舎の役割を果たしているんだ。ほとんど役人達の仕事場として使われているようなものだな。これでも狭いと言われてるらしいぞ。だが、川に囲まれた中州だから、これ以上の拡張は無理で困ってるんだとさ。国家的祝賀行事やら外交使節を迎えたりする『謁見の広間』だけで、あの建物一つ丸ごと使っているんだ」

 エリッヒが指す建物だけでも、ナポレモの城館二つ分ぐらいある。

 エミリアはアマトラニ王国とカーザール帝国は同じようなものだと思っていたことを恥じた。

 対等どころか、これまで独立を保てたことが奇跡だったように思えた。

 このような巨大帝国にしてみれば、あんな田舎の小国をつぶすことなど、いつでも可能だっただろう。

 自分は何も知らなかったのだ。

 だからこそ、こうしてすべてを失ってしまったのだ。

 無垢な王女は父王やナヴェル伯父達の平和維持に向けた努力の重みにようやく気がついたのだった。

 それだけでもこの旅には十分な意義があったというものだった。

 ひときわ壮麗な装飾が施された建物を指してエリッヒが言った。

「あれは大ホールでね。毎晩のように舞踏会がおこなわれているんだ。貴族階級の社交は平和維持に最も有効だからな。踊った相手と戦う気にはならないだろう」

 エミリアは病気がちだったせいで社交界デビューができなかった。

 パーティーのような華麗な場で気の利いた会話などできる自信はない。

 いまさらながら、何も知らないことで恥をかくのではないかと気後れしてしまう。

 ましてや、ここは華の都フラウムだ。

 田舎町ナポレモではないのだ。