持ちきれなくなり、付き人が一度馬車に戻った時だ。

いつだったか、アルバートから隠れる為に逃げ込んだ細い路地が目に入る。

いつもなら特に気にならないのだが、アーシェリアスはなぜか懐かしい気持ちを強く感じて、薄暗い路地へと進んだ。

そして、あの日と同じように背の高い植物があるのを見つけ、もう顔も忘れてしまったおやきを頬張る少年の姿をぼんやりと思い出す。

その時だった。


「う……」


呻き声が聞こえて、アーシェリアスは警戒し体を強張らせる。

誰かいるのだろうかと、湧き上がる恐怖心を押し込めて、そろりそろりと植物の向こうを覗き込んだ。


「……え？」


思わず声が溢れてしまったのは、そこに倒れている青年の姿があの日の少年と重なって見えたからだった。

金の髪は美しく、しかし気を失っているのか瞼は閉じられていて澄み渡る海のようなエメラルドグリーンの瞳は確認できない。

それでも整った顔立ちは、忘れていた少年の面影を蘇らせた。


「ザック？」


傍に膝をついて声を掛けると、青年の眉が苦悶に顰められる。

そして、僅かに瞼が開き、エメラルドグリーンの瞳がアーシェリアスをぼんやりと捉えた。


「ア……シェ……？」


名を呼ばれ、やはりザックだったとアーシェリアスは確信する。


「ザック、大丈夫？ 何があったの？」


パッと見たところ特に怪我をしている様子はないけれど誰かに襲われたのだろうか。

しかし、ザックは答える前に力なく瞳を閉じて動かなくなった。

こうなった理由はわからないが、とりあえずこのまま放置することはできない。

アーシェリアスは急ぎ付き人を呼んでザックを馬車に乗せると屋敷へと連れて帰ったのだった。