ケータイ小説 野いちご

お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。


『っ!ねぇ、あの人!さっきの若い執事さんじゃないわ…!』


『!あれって、一級執事の“メル様”じゃないか…?!』


ペアの男性を見た途端、フロアに集まっていたゲスト達が、ざわざわと騒めきだした。


ーーシンプルな真っ黒の燕尾服。

それを颯爽と着こなして鮮やかなダンスを披露する彼は、他でもないメルさんであった。

彼は、かつて知らない者はいないほどの実力を持った執事であり、それに見合う完璧令嬢に仕えていたと、アレンから聞いていた。

しかし、それが、表舞台から姿を消してから5年経った今でも騒がれるほどのカリスマ的存在だったなんて。

ちらり、と彼を見上げると、観客からの熱い視線をさらり、と、受け流すメルさんは、クールな表情のまま静かにぼやく。


「…紅茶臭いな。」


「ご、ごめんなさい…!…えへへっ…!アールグレイの香水って事で…」


「…ふふ。お黙り。」


こっそりと交わされる会話。

動き、歩幅、すべてを完璧に私に合わせた彼は、見る者全てを魅了していく。


ーーコツ。


やがて、一曲が終わり、足を止める。

その時。私の前に歩み寄ったのは、私のドレスとお揃いの生地で作られた燕尾服を纏ったアレンであった。

誰もが、はっ!と息を呑んだ瞬間。

すっ、と私から離れたメルさんは、私とアレンの手を導き、ふっ、と微笑む。


「ーー視線は集めた。ここで“いい印象”を取り戻せるかどうかは、君たち次第だよ。」


確かに耳に届いた師の教え。

小さく頷いたアレンは、そっ、と私の手を取った。


「もう足は踏まないでくださいね、お嬢様。」


「えぇ。…“シャルウィーダンス”?」


オーケストラの楽器たちが、華やかなワルツを奏でだした。

リズムに合わせてステップを踏む。にこやかなアレンは、私の手を取ってエスコートをし続けた。

それは、誰がどう見ても、“一流の執事”の背中である。


ーーそして、音が鳴り止んだ数秒後。

城のフロアは、大きな歓声と拍手に包まれたのだった。



第2章*終

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