『悪いが、その質問には私が代わりに答えるから、今すぐ、その手を離してくれないか?』


いつもより冷静で、少し大人びた話し方だけれど、若干怒りを抑えたようなその低い声音には、聞き覚えがあった。

途端に高鳴りだす、胸の鼓動に、もう自覚せずにはいられない。

振り向くタイミングを逃し、固まっていると、ゆっくり背後から手が伸び、もう既に力の入っていない祐樹君の手から私の腕を抜き取り、その腕ごと、後ろからギュッと抱きしめられた。

『間に合って良かった…』

耳元で囁かれた小さな安堵の声に、胸の奥がキュッとなる。

やっぱり仕事からそのまま駆けつけてくれたんだろう、胸元で自然に掴んだ腕は、いつもより上質なスーツのようだった。

『ちょっと、萌!?』

唐突に真後ろから、美園の声が響いた。

拓真君の腕に抱きしめられたまま、声のする方を振り向けば、下段のデッキの先に見える部屋の窓際に今日集まったメンバーと、高木君、徳永さんの姿もある。

美園が窓から一歩出て、こちらを怪訝な顔で見てる。

先に話していたとはいえ、あの冴えない時枝君に抱きしめられている姿など、驚くに決まってる。

ところが、次に、訝し気にこちらを凝視している美園の発した言葉は、意外なセリフだった。

『…あなた、誰なの?』

美園の反応に驚き、咄嗟に自分を抱きしめている本人を見上げた。

そこには、昨日まで一緒にいた”時枝拓真”がいるはず…だったのだけど。