「……ちょっと、ごめんね」

私は静かに席を立つと、お店の奥にあるパウダールームへと向かった。

薄暗い店内よりも少しだけ明るい照明のパウダールームで、鏡の中の自分と向き合う。

思ったとおりの沈んだ顔が、私を見つめ返していた。

「笑顔、笑顔……」

パンパン、と頬を叩き、口角を上に引き上げてみる。

でもすぐに元の落ち込んだ表情に戻ってしまって、軽く溜息をついた。

──これは、嫉妬。

冬の視線の先にいる春への、醜い嫉妬。

春のことは大好きなのに。

学生の頃出会った人たちより、ずっとずっと大切な人なのに。

夏が春の気持ちに気付いてくれたら……2人がうまくいってくれたら。

冬は、私を見てくれる?

なんて。

そんなことを一瞬でも考えてしまう、醜い私。

「駄目だなぁ……」

冬はこんな私を、好きになんてならない。

冬が春を好きな気持ち、凄く、分かるよ。

春は明るくて、人を惹きつけてやまない、太陽みたいに温かい心を持った人だから……。


もう一度小さく溜息をつくと、穢れた心を洗い流したかったのか、私は手だけを水で洗うと、パウダールームを出た。

するとそこに、狭い通路の壁に背を預けた夏が立っていた。私が出てきたことに気付いて、ゆっくりと壁から背を離す。

「あ、ごめんね? なかなか戻らなくて心配した?」

夏に笑顔を向けて──うまく笑えているのか分からないけど──そう言ったのだけど、夏はいつもの明るい笑みを潜め、ジッと私を見下ろしていた。