家の中から飛び出してきた少年が男にぶつかった。

 よその街ならばスリを疑うところだが、このナポレモではその心配はなさそうであった。

 男は少年に声をかけた。

「元気のいい小僧だな。怪我はないか」

「おじさん、僕は小僧じゃないよ。これでもパン工房の職人なんだぞ」

 男はまだ二十になったばかりで、おじさんと呼ばれるのは心外だが、子供の目からすればそう見えても仕方のないことだった。

「ほう、そいつは偉いな。いくつになる」

「九つになったばかりだよ」

「パンが作れるとは、たいしたもんだな」

「まだ薪割りしかやらせてもらえないけどね」

「はは、なるほど。だが、それも立派な仕事だな」

 男にそう言われた少年は胸を張って鼻をこする。

「おじさんはよそから来たのかい?」

「ああ、そうだが」

「兵隊さんだろ」

 軍服を着ているのだからそう見えたのだろうと、男は特に返事をしなかった。

 少年が両手を広げて肩をすくめる。

「この街は平和だから兵隊さんの仕事はないよ。残念だったね」

「おやそうかい、用心棒の仕事にありつけるかと思ったんだがな」

「それなら、ブリューガー商会に行ってみるといいよ。あそこのおじさんはこの街で一番大きな貿易商だからね」

「へえ、そうかい。いろんなことを知ってるんだな」

「おっと、いっけない。配達の途中だったんだ」

 少年は若者に手を振って駆けていった。

 男はまた路地を歩き始めた。

 少年の言うように、ナポレモは平和であった。

 道行く人々の穏やかな表情がそれを物語っている。

「おう、そこの若い兄ちゃん、女を探してるなら、うちに寄ってきな」

 酒場の中から声をかけられて男は立ち止まった。

「遊びにはまだ早い時間だな」

「いい女はすぐに売り切れちまうぞ。おまえさん、宿は決まってるのかい?」

「いや、まだだが」

「うちの店なら酒と女と清潔なベッドがまとめて手に入るぜ」

「そいつは天国だな。まあ、あとで寄らせてもらうよ」