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あれはまだ、エヴァーグリーンの企画営業課に赴任して間もない頃。


容赦のない「ぼふっ」という衝撃で目が覚めた。ごく近くにある人の気配。普段なら瞬時に飛び起きて相手を拘束している。


そうしなかったのは、気が抜けるような呑気な気配しかしなかったからだ。


「よいしょー」


という声とともに体が布団に乗っていた。声の主は矢野さんである。


状況から察して、おそらく彼女が俺を布団に寝かせようと悪戦苦闘したのだろう。彼女の力では持ち上げることも引き摺ることもできないから、体を回転させたらしい。


「よしっ、これでオッケー」


満足そうにしているところ悪いが、これだけの振動を受けたら大抵の人間は目を覚ますと思う。しかし彼女の思い遣りに免じて、目覚めたことは黙っておく。


そもそも、彼女の前で眠ってしまった俺が悪いのである。


こんな状況になっているのは、矢野さんに自分の体調を心配されたことが始まりだった。

彼女は看病が必要だから俺を自宅に連れ帰ると言った。独り暮らしの女性としてあり得ない提案である。誰に対しても無防備極まりない優しさを振り撒くのかと思うと腹が立ってくる。


相手が常識をわきまえた俺だからまだ良いものの、


……?


違うか。自分のような男相手なのが一番良くないのだ。二人きりの部屋で看病などされては正気を保つ自信がない。


結局、一人でいては駄目だという彼女の主張と、こちらの事情の妥協点として実家に来て貰うことにした。


その矢先に部屋で居眠りをするとは、とんだ不覚である。先ほど受けた医師の点滴には睡眠薬が入っていたに違いない。



「……!」


不意に彼女の手が額に触れた。急に何をするんだこの人は。


その手を強引に引き寄せたくなる衝動を、必死に抑えた。