亡霊の様に忽然と現れた『ペインター』先生が、凛香の耳元で蠱惑的に囁いた。


「せ、先生……!?」

「なっ、お前いつの間に!」

「おや、メッキが剥がれているぞ竜崎新二。ズルは良くない、と言ったが中途半端なのはもっと良くない。これは『おしおき』が必要か」


そう言ってリモコンを振る女教師に、新二は冷静に答える。


「脅しても無駄だ。電気椅子は授業中以外は絶対に作動しない」

「ちゃんと観察していたことは素直に褒めておこう」

「それだけじゃねえ」


新二は彼女の真っ暗な目を挑発するように見返す。

これ以上、やられっぱなしでいるのは彼の性分としては我慢ならなかった。


「確か、席を立って三分以上離れるとタイマーがゼロになって脱落する決まりだったよな。裏を返せば『三分以内に戻ればいつでも席を立っていい』ってことだ。これを利用すればルール上、『おしおき』を完全に回避出来る。はっきり言って、この教室のシステムは穴だらけもいいとこだな」

「発想力も悪くない。だが、それだけではここの全てを掌握したとは言えないぞ」


試す様に見つめる『ペインター』先生に、新二は毅然と言い放つ。


「ならもう一つ暴いてやるよ。これはまだ推測の段階だが、今のところ電気椅子の『おしおき』と、タイマー切れペナルティによる『強制連行』以外の武力行使を受けた生徒はいない。と言うことは」



「授業中以外なら、この教室で何をしても許されるってことじゃないのか? ……何をしても」



「素晴らしい」


『ペインター』先生は微笑を浮かべて短く拍手した。


「あの……ごめんなさい、私さっきから新二君と先生が言っている意味がよく……」

「ああ気にすることはないぞ。ようやく次のステップに進めそうで喜んでいたところだ」


『ペインター』先生は、凛香のことなど眼中に無い様子で満足げに言った。


「このままでは何の進展もないまま全員脱落していたかもしれないからな。全ては竜崎のおかげだ」

「お、おい? 次のステップってどういうことだ? 俺は面倒事を起こす為にこんな話をしたんじゃねえぞ」

「なら一つ良いことを学んだな。賢者は決して安易に知識をひけらかさない。隙を見せたお前が悪い」

「ふざけやがって……! そこまで行ったら賢者じゃねえ、ただの卑怯者だ。俺はそんなものになる為にこの力は使わない」

「必要に迫られれば嫌でも使わざる得ない。出来なければ、お前の大切なものが失われるだけだ」

「そんな横暴な話があってたまるかよ!」

「いかにもな温室育ちのセリフだ。社会はこんな快適な場所より遥かに過酷で横暴だぞ?」

「てめえ……もし凛香に何かしやがったら――」


拳を握りしめる新二に『ペインター』先生は黒く笑う。


「安心しろ。私は常に公平だ。そして公平だからこそ、お前は誰よりも苦しむことになる」

「は? ……おい待てよ! まだ話は終わってないだろ!」