三か月が経過した。

『特別学級』の生徒は残り二十五人。

精神崩壊、体調不良、横暴な教師への反発。

等々、様々な理由で脱落者が出たが新二の推測通り脱落ペースは一気に落ちた。

最大の理由は『慣れ』だ。

人間は牢獄だろうが無人島だろうが、一定期間過ごせば大抵の環境に順応する。

この『特別学級』の場合の『慣れ』とは感情を殺すこと。

先生の指示に決して逆らわず、与えられた課題を必死にこなし、食事をしっかり取り、そして明日に備えて決まった時間に寝る。

ただ言われた通りのことを淡々と遂行し、なるべく目立たぬ様教室の歯車となり下がる。

既にそこには、人間社会の縮図が形成されつつあった。

ただ一人――未だに歯車になれない東雲秋人だけは『ペインター』先生の集中砲火を受けていたが。


「バカと天才は紙一重って言うが、アイツの場合はバカの天才だな」


夕食後。

いつもに増してハードだった授業に疲弊し生徒たちが眠りにつく中、新二が凛香に耳打ちする。


「そんなこと言っちゃダメだよ。秋人君なりに頑張ってるんだから、私たちも見習わなきゃ」


そう言いつつも、凛香は目の下には深いクマが出来ていた。最近はあまり秋人と話す余裕もない。


「フン、それだよその『頑張る』ってやつ。頑張ってる奴らは全員秋人と同罪だ」

「同罪ってどういうこと?」


首を傾げる凛香に、新二は得意げな笑みを見せる。


「この教室のルールを解明したのさ。前提として、ここでは頑張ることに意味はねえ。課題を達成出来ても生徒側には何のメリットもないからな。なら、自分の利益になる行動を考えればいい」

「んー、具体的にはどうすればいいの?」

「ビリビリサド教師が、あそこのバカに初日に言ってたことを思い出してみろ。『最初に言ったはずだ、ここは『特別学級』だと。そしてその生徒であるお前は今、たった数分間私と会話しただけでこの仕打ちだ。その意味が理解出来るか?』この言葉の意味はそう難しくない」

「んん? 私にはちょっと、いや結構難しいかも……」


悩み始める凛香に、新二はやれやれと首を振る。


「まあ、正直者は馬鹿を見るってことだ」

「え? 正直なのに馬鹿を見るの……?」

「何だよ、聞いたことくらいあるだろ」

「聞いたことあるかもしれないけど、そういう言葉あんまり好きじゃないからすぐ忘れちゃう」


ちょっとバツが悪そうに笑う凛香。


「でも、それなら一体どうすればいいの?」

「具体的言えば、『デスマッチ』なら相手と予めグルになって互いに手を抜く。『マラソン』は分かるものだけ解いて他はカンニング。何故かあの先公、カンニングの察しは悪いからな。『ジャッジメント』はいくら罵倒されても笑顔で頷いて、授業以外でも愛想良くして媚を売る……他にも考えればいくらでも手はある」

「あんまりよく分からないけど、それって要するにズルじゃないの?」

「いや、これがこの教室での『模範生』の定義だ。実際、俺はルールを解き明かしてから一度も『おしおき』を受けていないんだぜ」


意気揚々と語り終えた新二に、凛香は露骨に嫌そうな顔をした。


「例えそうだったとしても、それはしてはダメなことよ。だから私はやめて欲しい」

「は、何でだよ? その方が得するならした方がいいに決まってるだろ」

「でもズルはズルでしょ? 私はそんなことしたくない」

「そ、そうしなきゃこの教室で生き残れねえんだから仕方ないだろ! 今教えたのだってお前を助ける為だ! 俺の言う通りにしろ!」

「イケナイことはイケナイもん! 授業は真面目に受けなきゃダメ!」


凛香が負けじと言い返したその時――


「――その通りだな夏宮。ズルは良くない。みんな清く正しく、そして正直に生きなくては」