──アラームの音が響き、私はぱちっと目を開いた。いつもは瞼が重くてなかなか開けられないのに、今日は珍しい。

でも、懐かしすぎる夢のおかげでものすごく変な気分だ。どうして今、小学校の頃の夢なんて見てしまったんだろう。

あの子に会ったわけでも、これから会うこともきっとないっていうのに。

あまり誇れるものではない幼い頃の記憶が蘇ってくる。黒歴史とも言うべきそれを振り払い、ベッドサイドの棚に手を伸ばしてスマホのアラームを止めた。


朝食をきちんと食べ、身支度を整えて、寝室の姿見で全身を軽くチェックしてから家を出た。

向かう先は高級チョコレートメーカー、「サンセリール」本社ビル五階。このフロアに構える社長室にて、私は日々“愛想”という鎧を身につけて戦っている。

緩く波打つ長い髪は気分でアレンジし、メイクはナチュラルすぎず濃すぎずに。フェミニンで品のいい服装がデフォルトで、身だしなみとマナーには常に気を配る。

外見だけでなく、社長の用件には先回りして応えられるよう脳をフル回転させ、スケジューリングもそつなくこなす。

こうした涙ぐましい努力の結果、ありがたいことに社員からも社外の人たちからも、『綾瀬なつみはデキる秘書だ』と言われるまでになった。