「ごめん、なさい」
こんな風に人に言われたのは初めてで。
生まれてこのかたそんなに感情が動かなかったから、この素直な驚きと、恐怖をどうしていいのか分からない。
「…ごめん。女相手にこんなことするんじゃなかったよな」
確か前にもこんなことがあった。
とても冷徹で鋭い目つきをもった綾がいたことを。
確か、あれはあたしを姫とみんなの前で宣告した時。
あの時もあたしが反論して…。
「ごめん和佳菜。俺戻るわ」
「えっ、もう?」
と言っても、時刻は9時を回っていた。
送るとだけ言ったのに、1時間以上帰ってこないのなら、いい加減、翔たちも心配し始めるだろう。
それを考えても、戻った方がいい。
「…そうね、じゃ」
「明日も来るよな」
「明日は行かないでおくわ。…少し、静かにしているつもり」
「でも、家から出るなら」
「出ないわよ。勉強も、なにもかも溜まっているから」
もちろんこんなのはただの口実に過ぎない。
だけど、頭の中で整理する時間がほしかった。
そう言って、彼を部屋から出した。
「こんばんは、獅龍の副総長さん」
ドアの前で、南と綾が会っているとも知らずに。