「さあ、早く」
林さんをつかむ手に力が入る。

「実は、自分と交際している女性との間で見解の相違というか、行き違いがありまして…」
私の勢いに観念したように林さんは口を開いた。

「彼女は副社長の従姉妹にあたる女性だったもので何度も副社長に相談をするために押しかけていたみたいで。
彼女が自分と早希さんの関係を誤解したのと同じように、早希さんが彼女と副社長の関係を誤解した可能性があるのではと」

は?従姉妹?

「あなたが自分の彼女をしっかり捕まえておかなかったせいで早希がこんなことになってしまったってこと?あなたもクソ野郎ってこと?」

「いえ、もちろんそれだけが原因ではないですが」林さんの顔が引きつった時だった。

ぎゃっ

いきなりがくんっとした衝撃に私は膝から崩れ落ちそうになった。
私は後ろから膝カックンされたのだ。

「こら、お前は異国でなんてことしてんだ」

崩れ落ちる寸前で私を抱きとめたのは膝カックンした張本人、高橋。

「な、なんでここに」

「林さん、佐本はもう業務終了ですよね。今からはコイツこちらで引き取ります」

私の肩を掴んでぐいっと身体を引き寄せると高橋は頭を下げ、有無を言わせず「行くぞ」と私を連れて会場の出口に向かって歩き出す。

「ま、待って。挨拶もしないで帰るのは大人としてどうかと・・・」

林さんだって呆気に取られて返事してないし。

今や高橋の手は私の肩じゃなくて腰に当てられていて、ぐいぐいと押されて歩かされている状態で子牛の出荷を想像させるように早く歩けと言わんばかりに歩かされている。

「そんなのどうでもいいんだよ、誰かの結婚式でもなけりゃ誕生日パーティーでもないんだから。大使館の用意した顔つなぎパーティーなんだから誰がいついなくなっても関係ない」

珍しく不機嫌さを隠さないぶっきらぼうな言い方。
少し驚いて見上げるようにして隣にいる高橋の顔を見ると、何だか眉間に力が入っているみたいで口もへの字になっている。

「いやいや、社会人としてそれはいかがなものかと」
特に私は営業職なんですが。