時期は梅雨。朝に見た天気予報は晴れだった。が、予報外れの雨も珍しくないと言うのに、私は雨具を何一つ持たずに来ていた。
頭皮に降り出した小雨。空を見上げてぽつりと吐き捨てた。

「朝がああじゃ。これも仕方ないんかもしれん」

今朝、駅で起こった出来事が通り雨に降られたアスファルトの香りのようにゆらゆらと立ち上がって溜息がでた。

きっと今降り頻るこの雨は通り雨。

仕方なく駅の近くにある古びた駄菓子屋の軒先で立ち尽くしていると、まるでアニメの様に一台の車が猛スピードで走り抜け水飛沫が私目掛けて襲いかかった。夏服のシャツ一面、肌に張り付いて苛立ちが増す。
嫌な事は立て続けに起こるもの。そう頭で理解しようとしても腹が立つのは人間として当たり前。

「もう……本当に最悪」

そう叫ぶと視線の端でひとつ、傘が跳ねた。
視界に入ったそちらに顔を向けると今一番会いたくない見知らぬ男。正確に言えば顔だけは知っている見知らぬ男が立っていた。

「ワレ、朝の……」

「……誰ですか」

「忘れたんか、朝の!ぶつかった!」

顔のど真ん中に指された右手を弱々しく払い除け、自分の衣服に目を落とせば当然濡れている。
どうしてまた出会ってしまったのかと理不尽な怒りを押し付けたい気持ちと羞恥の気持ちを天秤にかけて見るが一瞬で羞恥が勝った。

「もう早うどっか行きいや……朝謝ったじゃろ」

「そうは言うてもその格好で電車乗るんか。ウチの学校近いけぇ来いや。……タオルくらいはある」

そう言われ、突然私の右手を掴みあいつは走り出した。私の足が縺れようが絡まろうがお構い無しに。走らずに傘を差して歩いてくれればいいのに。余計に濡れる制服が気になって仕方ない。

「なんじゃ、男ばっかりの部活じゃけぇ汚いかもしれんけど服乾かす間だけじゃ。辛抱せぇ」

息が上がり、これ以上走れないと足を止めそうになった時、あいつがそう言った。
見慣れない校門を抜け、無理矢理部室らしき部屋に押し込まれる寸前。入口には排球部と書かれた木札が掛かっていたのを目で捉えた。
中には今朝会った甘ったるい匂いの男と、眼鏡をかけた大人しそうな子がいた。

「陸さん!ずぶ濡れじゃないですか……」

干してあったタオルを手に眼鏡をかけた子が走り寄ってくるとあいつは無言でひったくり、私の肩に静かに置いた。すっと私の前に立ち、濡れてしまった私の体を隠してくれたように思えた。

「陸。ワシは雨降る言うたろ……なんじゃい。そういう事かぁ……鈴木ぃ、もう帰るぞ」

「ちょ、和也さん?」

突然現れたずぶ濡れの私に何の疑問も抱かないのだろうか。和也と呼ばれる甘ったるい匂いの男は後輩らしき眼鏡の子を引っ張り扉を静かに出て行った。

「いらん気ぃ回しやがって」

ぱたりと閉まった扉を睨み、あいつが舌打ちをした。突然の再開、まさかの密室、まるで映画のような展開なのに気の利いた言葉も、そういう雰囲気も微塵もない。

見慣れぬ部室で私は天井を見上げて、早いところ切り上げて帰ろう、と誓った。