微動だにできないでいると、西明寺社長がふうとため息を吐く。そして、彼の方から私の方に靴音を鳴らして近づいてくる。一歩、二歩。私は動かずにそれを見守っていた。

「行くぞ」

 とうとう私の目の前に来た社長は、強引に私の腕をつかむ。それだけで、心拍数が上がった。

「おにぎりの礼をするだけだ」

 ぐいと引っ張られ、つんのめるように前に出る。転ばないように足を運ぶと、すぐ社長の車の近くに。開け放されていた助手席に右足をかけると、自然と左足が追いかけてきた。

 ドアを閉めた社長は運転席に乗り込む。自分のシートベルトをする前に、身を乗り出して私のシートベルトをつかむ。覆いかぶさるようにした社長の首筋から、いい匂いがした。彼は私を逃がすまいとするように、シートベルトを手早く体の前に伸ばした。

 近すぎる距離に、思わず息を止める。かちゃりとシートが無事に装着されて社長が離れていって初めて、深くため息をついた。

「最初から素直に乗ればいいんだよ。余計な手間かけさせるな」

 そう言って、彼は車を発進させた。私は不思議と高鳴る胸の鼓動が社長に聞こえてしまいそうで、必死に深呼吸をして自分を落ち着かせようとしていた。