「どうしてそういう発想になるんですか」

「不自然かな」

「って言うか、あの年で東京に来て新しい仕事をしろなんて無理ですよ。社長の頭の中って、お仕事のことばかりなんですね」

普通、そんなこと思いつかないし。思いついても言わないし。

笑いがひと段落して見上げると、社長が真顔でコーヒーの中の自分の顔を見ていた。

「私……なにか、お気に障るようなことを言いました?」

笑顔だった社長がそれを消しただけで、何とも言えない不安が胸の中にたちこめる。

もしや、地雷踏んじゃった? でも、特に変なこと言ってなくない?

「いや。その通り、ふと別の仕事のことを考え込んでいただけだ」

苦笑するような社長の表情に、不安は解消されなかった。

彼がカップを上げる。コーヒーが彼の喉を通っていく。

「あまり遅くならないうちに送るよ」

社長の低い声が、重く響いた。手元のコーヒーに視線を移す。

これを飲んだら、帰らなきゃいけない。夢のような時間から、現実に連れ戻される。

いいじゃない。大嫌いな相手とこんなふうに食事しているのが不自然なのよ。

それを寂しいと、名残惜しいと思うなんて……どうかしている。

どうかしているんだ。