「リリアに不便な思いをさせないように」


少し厳しくも聞こえるオルキスの要求に、彼女は頼もしくも感じる張りのある声で「承知いたしました」と返事をした。

一方、戸惑いを隠せぬリリアは、繋いでいた手を離し、オルキスの前へと進み出る。


「オルキス様。私にそのようなお気遣いなど……」

「リリア。俺のためだと思って我慢してくれ」


オルキスはリリアの髪にそっと触れ、優しく囁きかけた。


「リリアを守るのは、俺の役目だ」


見つめる先にあるオルキスの深紅の瞳が柔らかく細められ、リリアの鼓動が大きく跳ねた。


「オルキス様」


無意識に発した声は甘えているようで、なおかつ愛おしさに満ち溢れているようでもあり、リリアは恥ずかしさで顔を熱くさせる。


「明日の朝、迎えにくる。おやすみ、リリア」


オルキスの声もまた、リリアに負けないほどの甘美さが込められていた。

胸を高鳴らせるリリアの額へとそっと口づけを落としたのち、オルキスはリリアの腰を軽く押し、部屋に入るように促した。

そしてリリアが侍従の女性と共に完全に室内へと足を踏み入れた瞬間、鋭い動きで振り返る。

遠くからこちらを見ていた女性、ユリエルははっと息を飲むと、怯えを隠せぬままにすぐにその場から姿を消した。


「頼むぞ」


警戒心を露わにし、ユリエルのいた場所を睨み続けるオルキスへと、アレフは力強く頷き返したのだった。