母にとっての両親はすでに他界し、実家と呼べる場所がなく、頼れるのは姉しかいなかったからだった。

 そして結婚生活が上手く行ってなかったために、何かと姉の家に行っては暫しの逃避をしていた。


 その夫、即ち俺の父親になるのだが、これが短気で口が悪く、さらに酒飲みときている。

 酔えば普段以上の嫌な男となりうるだけに、そんな日は必ず喧嘩が勃発する。

 物は飛ぶし、壊れるし、自分の部屋に閉じこもって見ないようにしても、狭いアパートでは音が耳に入って過敏になり、体は強張って安らぐ時がない。


 ヘッドフォンをつけて音楽でも聴いてりゃいいのかもしれないが、もし包丁が出てきたらとでも思うと、親の言い争いは全く無視することも出来ず、非常事態に備えて覚悟するような戦闘体制と身構えてしまう。

 いつもどこかビクビクするような家庭だからこそ、あの街のあの家に行くときはオアシスのように感じてしまった。

 伯父、伯母、芳郎兄ちゃんと会うのは俺の楽しみだったが、もう一人、俺が会いたいと思う人がその街にいた。

 でもあの時は、俺はまだ子供過ぎて、そう思うのがかっこ悪いと感じて全然素直になれなかった。


 要するに意地を張ってわざと悪ぶってみせるというアレだ。


 とくに子供時代というのは、いろんな意味でバカな事をする時期だと思う。

 心と体がバラバラで、不安定で、反抗期で、それらが全部混ざり合うと正しい事が分かっていてもその軌道に乗れない。

 自分を守ることだけに必死で、回りのことに目を向けられない。


 普通は皆そうだと思う。


 世間では立派な大人と呼ばれる人だって、自分の抱える苦しみに溺れてしまえばその中だけに閉じこもって、それが精神不安定やら鬱やらという病名に変わっていくと思う。

 世の中、何を持って、何を基準にするかで見方が変わってしまう。


 だけどあの子だけは違った。